【解剖】ヤモリのカルシウムサック

形状と位置

ヤモリのカルシウムサック(Calcium sac)は、首の両脇、口の奥から耳の下あたりにかけて一対存在する袋状の器官です。内部に炭酸カルシウムの結晶が貯蔵されているため、白く膨らんで見えます。特にカルシウムが豊富に蓄えられている個体では、外から見ても首の付け根がこぶのように膨らんでいるのが確認できます。

機能

カルシウムサックは内リンパ嚢(※)で、カルシムが蓄積される嚢になります。

※内リンパ嚢

内リンパとは内耳の中を満たす液体の一つで、内耳の恒常性維持において重要な働きを担っています。この内リンパが含まれている空隙を内リンパ腔と呼ばれ、内リンパ腔と連絡している小さな袋状の嚢が内リンパ嚢になります〔中井ら1984〕。人では難聴や耳鳴りなどのめまい発作を起こすメニエール病の原因として、内リンパ嚢が関与していることが知られています。内耳でつくられた内リンパが最終的に内リンパ嚢で吸収されて、一定の量が保たれますが、何らかの原因で吸収が正常に行われず内リンパが増加して、症状が発現します(内リンパ水腫)。

カルシウムサックの主な役割は、体内のカルシウムバランスを維持するための貯蔵庫として機能することです〔Mader 2006〕。

  1. カルシウムの貯蔵と供給 餌から摂取した余剰なカルシウムを一時的に貯蔵し、必要に応じて血中に放出します。カルシウムは、骨の形成だけでなく、神経伝達や筋肉の収縮といった生命維持に不可欠な生理機能に利用されるため、血中のカルシウム濃度を常に一定に保つ必要があります。カルシウムサックは、この恒常性維持に重要な役割を担っています〔Gardner 1985〕。メスの卵のカルシウム関連以外にも、オスを含めた孵化したての幼体にも見られることから、骨格のを強化のために使用されるとも言われています〔Henkel et al.1995,Bauer 1989〕。
  2. 繁殖期のメスへのサポート 特に産卵期のメスにとって、カルシウムサックは極めて重要です。卵殻の主成分は炭酸カルシウムであり、その形成には大量のカルシウムが必要となります。メスは産卵に備えてカルシウムサックにカルシウムを最大限に蓄え、卵殻形成時にそこからカルシウムを動員します〔Ferguson et al.1996,Lamb et al.2017〕。この貯蔵が不十分だと、卵殻が薄く脆い軟卵になったり、産卵後の低カルシウム血症を引き起こしたりする原因となります。

X線像

カルシウムサックはX線で観察するとX線不透明構造物として確認されます。内リンパ嚢とは内耳から始まる拡張した嚢で、形状も種類によって異なります。

ヤモリの種類

カルシムサックはヤモリの一部の種類(チビヤモリ科:Sphaerodactylinae,ヤモリ亜科:Gekkoninaeなど)、そしてアノール(アノールトカゲ科:Dactyloidae)とその近縁種 (ハガクレトカゲ属:Polychrusなど) に存在し、他のイグアナ科には存在しません〔Etheridge 1959,Bauer 1989〕。

獣医学的観点

獣医学的に、カルシウムサックはヤモリの栄養状態、特にカルシウム代謝を評価するための重要な指標とされています。

  • 正常な状態: 健康なヤモリでは、適度に膨らんだ白いカルシウムサックが口内から確認できます。
  • 萎縮・消失: カルシウムサックが見られない、あるいは非常に小さい場合、カルシウム不足が疑われます。これは、飼育下での不適切な食事(カルシウムやビタミンD3の不足、リンの過剰摂取)や、不十分な紫外線照射が原因で起こる代謝性骨疾患の兆候であることが多いです〔Donoghue 2006〕。MBDが進行すると、骨が変形したり、骨折しやすくなったり、痙攣などの神経症状を引き起こすことがあります。それ以外にも環境ストレスを受けることで、カルシウムの取り込みを妨げることも指摘されています〔Brown et al.1991〕。
  • 異常な肥大: 一方で、カルシウムサックが過剰に大きく膨らんでいる場合は、カルシウムの過剰摂取や、腎機能障害などによる排泄異常が原因で高カルシウム血症に陥っている可能性が考えられます〔Barten 2006〕。過剰なカルシウムは、内臓などに沈着(異所性石灰化)し、深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。

参考文献

  • Barten SL.Lizards.In Reptile Medicine and Surgery.Mader DR ed.2nd ed.Saunders Elsevier:p59-78.2006
  • Bauer A.Extracranial Endolymphatic Sacs in Eurydactylodes (Reptilia : Gekkonidae),with Comments on Endolymphatic Function in Lizards.J Herpetol23:172-175.1989
  • Brown SG,Osborne LK,Pavao MA.Dominance behavior in asexual gecko,Lepidodactylus lugubris,and its possible relationship to calcium.International Journal of Comparative Psychology4(3):211‐220.1990
  • Donoghue S.Nutrition.In Reptile Medicine and Surgery.2nd ed.Mader DR ed.Saunders Elsevier:p251-298.2006
  • Etheridge R.The relationships of the anoles(Reptilia:Sauria:Iguanidae) an interpretation based on skeletal morphology.1959
  • Ferguson GW et al.Calcium and vitamin D metabolism and the role of the endolymphatic sacs in the leopard gecko (Eublepharis macularius). Journal of Herpetology30(2):199-206.1996
  • Gardner AS.The calcium cycle of female day-geckos (Phelsuma)-shont note.HerpetolJ1:37-39.1985
  • Henkel FW,Schmidt W eds.Amphibien und Reptilien Madagaskars der Maskarenen.Ulmer Eugen Verlag.1995
  • Lamb AD,Watkins-colwell GJ,Moore JA et al.Endolymphatic Sac Use and Reproductive Activity in the Lesser Antilles Endemic Gecko Gonatodes antillensis (Gekkota: Sphaerodactylidae). Bull Peabody Museum Nat Hist58:17-29.2017
  • Mader DR.Metabolic Bone Diseases.In Reptile Medicine and Surgery 2nd ed.Mader DR ed.Saunders Elsevier:p853-860.2006
  • 中井義明,山根英雄,桝谷治彦.内リンパ管および嚢の構造と機能.耳鼻咽喉科展望27(5):p543-548.1984

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。