サーコウイルスによって引き起こされるオウム類嘴羽毛病は、PBFD(PsittacineBeak and Feather Disease)と呼ばれています。鳥の羽毛とクチバシの細胞に障害を起こすだけではなく、免疫細胞をも冒すため、免疫低下による二次感染を引き起こします。死因の多くはこの二次感染によるものです。オウムやインコに影響を与え、治療法がなく致命的な病気とされているので、深刻な感染症の1つとされています。
PBDDウイルス
PBFDの原因となるウイルスは、分類学的にサーコウイルス科サーコウイルス属のBeak and feather disease virus (BFDV)です。環境劣化に対して非常に耐性があり、病気を引き起こすことが知られている最小のウイルスの1つです〔Antinoff et al.2010〕。BFDVは環境に安定している特徴があり、感染力も強いです〔Dahlhausen 2010〕。通常、ウイルスはある種から別の種に移るにつれて弱まりますが、サーコウイルスが効率的に複製する能力があるため、時間の経過とともにウイルスの力が低下しません〔Pendle et al.2015〕。
1840年代初頭以降、セキセイインコなどの野生で捕獲されたオーストラリアのオウムやインコが分散した結果、PBFDが世界中に広まった可能性があります〔Pendle et al.2015〕。1970~80年代にかけて、鳥の輸入貿易がピークに達した際に、世界各国の多くの鳥の命を奪う結果になりました。鳥は羽が抜けて飛ぶことができなくなるため、当時はランナー(Rnner)、ホッパ ー (Hopper)、コロなどと 呼ばれていました。
感染
BFDVは非常に感染力が強く、ウイルスの粒子は、感染した鳥が死んだ後も数ヵ月の間環境中に生存し続けることができます〔Clubb et al.2004〕。ウイルスは感染した鳥の糞便、羽毛や脂粉などに含まれています。空中に浮遊する羽毛(脂粉)や皮膚の粒子(皮屑)を吸い込んだり、口にして直接的に感染し、またこれらの粒子は簡単に分散して、餌や水入れに付着して感染源になります。新鮮または乾燥した糞も口にすることで感染しますので、羽づくろいや求愛等の接触でも感染します。このような個体同士の感染を水平感染と呼ばれます。脂粉には、かなりの量のウィルスが含まれていますので、水平感染は容易に起こります。感染した鳥を触った人の手や衣服からも感染します〔Raidal 2015〕。特に抵抗力のない3歳以下の幼若鳥が一番感染しやすいです。また感染した親鳥からの垂直感染、いわゆる卵を介したり、親鳥の餌やりからも感染します〔Wylie et al.1987,Rahaus et al.2008〕。感染した鳥は、生涯を通じて糞便、羽毛や脂粉からウイルスを排出し続けます。なお、PBFDは鳥類特有の感染症なので、人間や他の動物には感染しません〔Dahlhausen 2010〕。
発症
BFDVは主にアジアやアフリカ、オセアニのオウムに感染し、南北アメリカのオウムには数種類にか感染しません。その理由は南北アメリカの鳥にはウイルスに対しての固有の耐性を持っているようで、野生種でも発生しません〔Pendle et al.2015〕。ペットの鳥で頻繁に影響を受ける種類は、色々な報告がされていますが、ヨウムとバタン類、セキセイインコなどで問題となっています。なお、オカメインコやフィンチでの発生は稀です。また生息地だけでなく、それぞれの種類によってもBFDVの感受性が異なるようです。
陽性率
分布
種類
高い
オーストラリア
セキセイインコ
オオバタン
コバタン
フィリピンオウム
アフリカ
ヨウム
ラブバード
コンゴウインコ
アケボノインコ
アジア
ダルマインコ
オオハナインコ
低い
オーストラリア
モモイロインコ
アフリカ
ハネナガインコ
南アメリカ
メキシコインコ
ボウシインコ
稀れ
オーストラリア
オカメインコ
南アメリカ
マメルリハインコ
アジア
ホンセイインコ
表:PBFDの幼生率
感染病態
サーコウイルスは主にファブリキウス嚢を含む鳥類の消化管のリンパ組織を介して侵入します〔Pendle et al.2015〕。腸のリンパ組織で複製した後、次に肝臓、脳、胸腺、皮膚、羽毛、および他の組織に広がります。その結果、胸腺の萎縮や骨髄細胞の破壊などが起こり、鳥は免疫低下、重度の貧血と白血球減少症が起こります〔Pendle et al.2015〕。
ほぼ全身の羽毛が抜けたり、一部の羽毛だけが抜ける場合があります。特にセキセイインコなどの小型種では、風切羽と尾羽にのみ抜けることが多いです〔Rinder et al.2017〕。
羽毛形成不全
羽毛形成不全には、羽軸壊死による未成長、羽軸内血液凝固、羽鞘の重積、羽軸の縦割れ、羽弁のねじれやストレスライン、変色などがあります。これらは羽嚢から生えてきた羽軸が成長を停止したり、脱落します。例え生えても羽軸が割れたり、羽鞘の重積により、羽枝が壊れやすく、折れ曲がり、羽弁がねじれたりします。筆毛の羽鞘がはがれずに、ハタキのように過長することもあります(ハタキ化)。短い羽根で成長が止まることもあります〔Antinoff et al.2010,Dahlhausen et al.1997,Pendle et al.2015,Raidal 2015,Dahlhausen et al.1998〕。綿毛が伸長して、正羽からはみ出るように過長することもあります。
嘴の異常は、角質の下層の細胞の変性によるものです。嘴は、最初は粉が減少してくすんだ色彩が光沢が見られるようになります。次第に上顎と下顎の両方が過長し、ひび割れが起こって壊れやすくなります。嘴の一部が壊死したり、折れて敏感な組織が露出すると、鳥は重度の疼痛が見られ、食欲不振になります〔Antinoff et al.2010〕。免疫抑制による二次的な細菌や真菌(カンジダ)による嘴の炎症や口内炎も起こり得ます〔Antinoff et al.2010,Dahlhausen 2010〕。
爪の異常
羽毛と嘴の病変が明らかになった後に、爪の過長や変形が起こり、脱落することもあります〔Pendle et al.2015,Raidal 2015〕。
免疫抑制
BFDVは免疫系、特にファブリキウス嚢(T細胞とB細胞を製造する器官)の胸腺に影響します。これにより、臓器がリンパ球を産生するのを防ぎ、免疫抑制を起こします〔Raidal 2015〕。免疫低下が起こると細菌や真菌感染が起こりやすくなり、他のウイルスも感染しやすくなります。またウイルスが骨髄細胞にも影響し白血球減少症や貧血が起こります。年齢が若い鳥ほと、免疫抑制はより深刻になり、貧血が起こると元気がなくなり、白血球減少症により感染しやすくなり、肝腫大、腸炎や肺炎などを起こして、容易に死につながります〔Dahlhausen et al.1998,Raidal 2015,Rinder et al.2017〕。鳥は生後3〜6週齢で、ファブリキウス嚢で抗体を作ります。雛や幼鳥などがPBFDに感染をすると、適切な免疫ができる前なので、急死してもおかしくありません〔Raidal 2015〕。
オーストラリアの野生のオウムでのPBFDのPCR検査の調査で、アカクサインコは41.8%、キバタンは20.0%、ワカバインコは11.8%、モモイロインコは8.8%と高い陽性率でした〔Martens et al.2020〕。一方、ペットの鳥では調査した鳥の種類、施設、病状などに相違があるので一概に言えませんが、PBFDは比較的高い陽性率と思われます。ドイツの野生とペットの無症状オウムの146頭における調査では39.2%がPBFDが陽性でした〔Rahaus et al.2003〕。イタリアのオウムの1516頭における調査では、PBFD8.05%、BFD0.79%が陽性でした〔Bert et al.2005〕。チリでのオウム250頭では、PBFD23.2%、BFD1.69%が陽性で、0.8%が両ウイルスに陽性でした〔González-Hein et al.2019〕。日本の飼鳥のオウム1070頭における調査では18.5%がPBFDが陽性でした。フィリピンオウム(8頭)は50%、セキセイインコ(257頭)は40.1%、キバタン(12頭)は33.3%、ダルマインコ(7頭)は28.6%、タイハクオウム(31頭)は22.6%、ヨウム(179頭)は21.2%、オオバタン(10頭)20%、コバタン(35頭)は20%、ハネナガインコ(15頭)は13.3%、ラブバード(91頭)は5.5%、ボウシインコ(28頭)は3.6%、メキシコインコ(48頭)は2.1%、オカメインコ(120頭)、マメルリハインコ(25頭)、ホンセイインコ(9頭)は全て0%であった。陽性の鳥の羽毛の異常が認められた確率が高い種類は、キバタンは100%、ラブバードは80%、セキセイインコは78.6%、ヨウムは28.6%でした〔真田ら 2007〕。
陰性転嫁
PBFDは致命的な感染症ですが、陽性の鳥やキャリアの鳥が、いつのまにか陰転(陰性)することもあり得ます。 治療して陰転する、治療してないのに陰転する、どちらのケースも報告があります。ある免疫力のある鳥は、PBFDウイルスに感染すると、短時間血中にそれを持ち、その後羽毛の異常が発生する前にウイルスを排除する免疫応答を開始されます。あるケースでは、4週齢のヨウムは、店に売る前に陰性でしたが、8週齢で販売され、その時点でPBFDの検査で陽性でしたが無症状でした。これは、進行性のウイルス感染ではなく、一過性のウイルス感染のケースで、60日後と90日後に実施された検査は陰性になりました〔Clubb et al.2004〕。
無症候キャリアの対策
PCR検査で陽性であるにもかかわらず、羽毛の異常を示さない鳥もいます。これは最近BFDVにさらされたことを意味し、この場合は鳥を隔離し、約90日後に再検査をするのが最善だと思います。再検査のサンプルは、環境のBFDVのウイルスを拾わないように血液サンプルが理想です。 再検査も陽性であったい鳥は感染していると見なされるべきであり、後日このPBFDの症状が発症する可能性が高いです。しかし、十分な免疫により、再検査で陰性となる可能性もあります〔Dahlhausen 2010,Dahlhausen et al.1997〕。
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