フェレットの体表腫瘍

発生

フェレット(Mustela putorius furo)は、現在では他の一般的な哺乳類種と同様に、多様な腫瘍性疾患に高い頻度で罹患することが広く認識されており、全腫瘍性疾患のうち、内分泌系(39.7%)、血球/リンパ系(15.2%)に次いで、外皮系腫瘍が12.9%を占めており、これはフェレットの腫瘍学的課題の主要な部分を構成しています〔Dillberger et al.1989〕。報告された95例のフェレット腫瘍のうち、約半数の46例が悪性と分類されていました〔Dillberger et al。1989〕。また、フェレットは多発性腫瘍を非常に高頻度で発生する特徴があります。VMDBのデータでは、腫瘍を診断された574頭のうち61頭が複数の異なる腫瘍タイプを有しており〔Li et al.1998〕、他の研究でも多発性腫瘍の発生率は約20%に上ることが示されています〔Dillberger et al.1989〕。

Li X,Fox JG,Padrid PA.Neoplastic diseases in ferrets: 574 cases (1968-1997).J Am Vet Med Assoc1;212(9):1402-6.1998

Dillberger DE,  Altman NH.Neoplasia in ferrets: eleven cases with a review.J Comp Pathol100(2):161-76.1989

肥満細胞腫(Mast Cell Tumor, MCT)

皮膚型肥満細胞腫(Cutaneous Mast Cell Tumor, cMCT)は、フェレットにおいて最も一般的に診断される体表腫瘍です 3。好発年齢は3歳以上であり、平均的には約4歳で発見されることが多いとされています 3。MCTは全身どこにでも発生し得ますが、典型的には体幹(trunk)および頸部に多く見られます 3。病変は通常、隆起し、境界が不規則で、しばしば表面が痂皮(かさぶた)で覆われた塊として観察されます 3。そのサイズは一般的に小さく、3/8インチ(約$1 \text{ cm}$)以下である傾向があります 5。この腫瘍は強い掻痒(pruritus)を引き起こすことがあり、フェレットが引っ掻くことによる自己損傷によって出血や潰瘍、二次感染を併発することがあります 5。フェレットのMCTの特徴として、そのサイズや外観が時間とともに変動する(一時的に縮小または消失し、数週間から数ヶ月後に再発する)特異的な臨床経過が報告されています 5

フェレットのMCTに関する最も重要な臨床病理学的知見は、その生物学的挙動が犬や猫のMCTとは大きく異なる点です。犬ではMCTが悪性度によって予後が大きく左右され、高悪性度では迅速な転移(metastasis)を引き起こしますが、フェレットのMCTは、極めて高い良性傾向を示し、遠隔転移の報告はほとんどありません 5。この種特異的な良性挙動のため、治療の第一選択は完全な外科的切除(Curative Excision)であり、通常は治癒が期待できます 3。切除後の予後は一般的に極めて良好であり、再発が見られる場合は、不完全な切除による局所的な遺残病変に起因すると考えられます 8。ほとんどのフェレットは手術後の回復が順調であり、全身性の合併症はまれです 8

MCTの診断には、通常、細針吸引細胞診(FNA)が初期診断ツールとして用いられます。Wright’s-Giemsa染色やToluidine blue染色を用いることで、肥満細胞特有のメタクロマティック顆粒を視覚化することができ、迅速な診断に貢献します 7。しかしながら、組織病理学的検査においては、フェレットのMCTに特有の注意が必要です。他の動物種では標準的なヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色やトルイジンブルー染色を使用しても、組織切片内で肥満細胞顆粒が染色されない(不染性)事例が報告されています 7。犬のMCTにおいて、顆粒の欠如は一般的に未分化(高悪性度)を示唆し、予後不良と関連付けられますが、フェレットにおいては、組織学的に顆粒が染色されない場合でも、腫瘍は良性挙動を示します 7。この診断上の矛盾に対応するため、獣医病理学者は、フェレットのMCTに対する病理診断を行う際、この種特異的な特性を理解し、顆粒の染色性のみに頼るのではなく、細胞の異型度、組織構造、そして臨床的な挙動(FNA結果、病歴)を総合的に統合して評価することが必須となります。

脊索腫(Chordoma)と軟骨肉腫(Chondrosarcoma)

脊索腫は、胎生期の脊索遺残物から発生するまれな腫瘍です。最も一般的な発生部位は尾部であり、硬く、境界が明瞭な腫瘤として認められます 3。尾部の脊索腫は、フェレットが尾を引きずることで表面に潰瘍を形成することがありますが、それ自体が大きな問題を引き起こすことは稀です 3。しかし、頸部に発生した場合は、外科的な切除が強く推奨されます 3。治療は、尾部の場合は尾部切断術、頸部や上背部の場合は外科的切除となります 12。腫瘍が脊髄を圧迫し麻痺を引き起こした場合、予後は腫瘍のサイズと脊髄圧迫の期間に依存します 12

病理学的確定診断は、粘液質の背景中に空胞化した細胞(physaliphorous cells)が混在していることを細胞診および組織学的検査で検出することに基づきます 13。さらに、免疫組織化学(IHC)により、上皮系マーカー(サイトケラチン)と間葉系マーカー(ビメンチン)の両方に陽性を示すことが診断的特徴となります〔Dunn et al.1991〕。〔Roth et al.1996〕

軟骨肉腫(Chondrosarcoma)は、脊椎、肋骨、または胸骨沿いに発生する可能性があり、脊髄圧迫および関連する神経症状を引き起こす傾向があります 3

Dunn DG, Harris RK, Meis JM, et al. A histomorphologic and immunohistochemical study of chordoma in twenty ferrets (Mustela putorius furo). Vet Pathol 1991;28:467–473.

Roth L, Takata I. Cytological diagnosis of chordoma of the tail in a ferret. Vet Clin Pathol 1996;26:119–121.

表皮系および付属器腫瘍

MCTに次いで頻繁に報告される体表腫瘍には、基底細胞腫(Basal cell tumor)、脂腺腫(Sebaceous adenoma/epithelioma)といった上皮由来の付属器腫瘍があります 4。これらは通常、良性挙動を示すとされています 11

しかし、悪性の付属器腺腫瘍の報告も存在します。例えば、アポクリン腺癌(Apocrine gland adenocarcinoma)が陰茎包皮腺に発生した事例があり、細胞診では細胞内物質の存在や上皮細胞のアシナール配列(acinar arrangements)が腺細胞起源を示唆していました 14。また、皮膚扁平上皮癌(SCC)が脂腺腫瘍と併発して発見されたという研究報告もあり 4、これは、一見良性に見える付属器病変の診断においても、潜在的な悪性化の素因を排除するために組織病理検査が不可欠であることを示しています。

皮膚型リンパ腫

リンパ腫は、フェレットの全腫瘍の中で発生頻度が3番目に高く 2、全身性疾患の一部として皮膚に浸潤することがあります 3。臨床徴候は病変部位によって多岐にわたりますが、皮膚病変としては、孤立性または多発性の腫瘤、潰瘍形成、痂皮形成、あるいは丘疹が見られることがあります 15

特に上皮向性型リンパ腫(Epitheliotropic lymphoma)は、肢端(足部)の紅斑(erythema)や腫脹、あるいはびまん性の皮膚疾患として現れることがあり、診断が困難な場合があります 16。全身性の症状としては、嗜眠、食欲不振、下痢、衰弱などが報告されています 15

リンパ腫の確定診断には、組織構造の評価が不可欠です 16。リンパ節の細胞診や吸引液は、診断的情報に乏しく信頼性に欠ける場合があるため、生検による組織病理学的検査が必須の「ゴールドスタンダード」です 16

治療プロトコルは標準化されていません 3。孤立性の皮膚病変に対しては外科的切除が有益である可能性がありますが、多発性またはびまん性の皮膚病変を持つフェレットに対する治療(化学療法や放射線療法)は効果が限定的である場合があり、予後は一般的に不良です 11

全身性リンパ腫の平均生存期間は、2週間から19ヶ月(平均6ヶ月)と報告されています 11。しかし、リンパ腫の予後に関して、治療に対する反応と生存期間延長効果の評価には、文献間で相違が見られます。一部の報告では、化学療法やグルココルチコイドの使用が生存期間を有意に変化させない可能性があると指摘されている一方で 11、別の報告では、治療により3ヶ月から5年間の寛解が得られる可能性があるとされています 17。この見解の相違は、フェレットのリンパ腫における予後指標や治療プロトコルの標準化が不足している現状を反映しています 16。臨床医は、化学療法を適用する際に伴う重度の好中球減少症のリスク 11と、不確実な予後改善効果を慎重に比較検討し、オーナーとの十分なリスクコミュニケーションを行う必要があります。

IV.2. その他の悪性間葉系腫瘍

皮膚組織から発生する悪性間葉系腫瘍としては、血管肉腫(Hemangiosarcoma)、線維肉腫(Fibrosarcoma)などが報告されています 11。特に線維肉腫は、ワクチン接種部位に関連して発生する事例も報告されています 11。これらの肉腫は局所的に侵襲性が高く、転移の可能性があるため、広範囲の外科的切除マージンを確保することが重要です。

フェレットの体表腫瘍は非常に一般的であり、そのスペクトラムは良性から悪性まで多岐にわたります。しかし、その大半を占める肥満細胞腫(MCT)は犬猫とは異なり、転移傾向が極めて低く、外科的切除によって高い確率で治癒が期待できるという、種特有の良好な予後を有しています。

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。