【病気】ヒョウモントカゲモドキの代謝性骨疾患

背景

ヒョウモントカゲモドキにおける代謝性骨疾患(Metabolic Bone Disease: MBD)は、不適切な飼育管理下で頻発する栄養性疾患群の総称です。その中核的な病態は低カルシウム血症であり、骨格の健全な維持と全身の生理機能に深刻な影響を及ぼします〔Mader 2006,Divers et al.2019〕。

原因

MBDの根本的な原因は、カルシウム、リン、およびビタミンD₃の代謝バランスが崩れることにあります。ヒョウモントカゲモドキのような食虫性爬虫類では、その原因のほとんどが不適切な食餌管理に起因します〔Divers et al.2019,Barten 2012〕。一部のヤモリとは異なり、彼らはカルシウム貯蔵器官である頸部や口腔内のカルシウムサックを持ちません。 そのため、体内のカルシウムを維持するために、餌などの外部要因に頼る必要性が高くなることも、MBDが好発する一要因となっています。 

【解剖】ヤモリのカルシウムサックの詳細な解説はコチラ

  • カルシウムの絶対的不足: 主食として与えられるコオロギやミールワームなどの餌昆虫は、本質的にカルシウム含有量が低く、カルシウムとリンの比率(Ca:P比)が著しく不均衡です。理想的なCa:P比が1.5:1から2:1であるのに対し、多くの餌昆虫は1:10以下であり、リンに大きく偏っています 〔Mader 2006〕。
  • 不適切なサプリメント使用: 餌昆虫にカルシウム剤を添加(ダスティング)しない、あるいはその頻度が不十分である場合に、慢性的なカルシウム不足に陥ります。
  • ビタミンD₃の不足: ビタミンD₃は、腸管でのカルシウム吸収を促進するために不可欠です。夜行性であるヒョウモントカゲモドキは、UVB照射による内因性のビタミンD₃合成能力が低い、または無いと考えられていたため、餌からの摂取に依存しています〔Mader 2006〕。そのため、サプリメントにビタミンD₃が含まれていない、またはその量が不十分である場合、たとえカルシウムを摂取していても効率的に吸収できません〔Donoghue 2006〕。

夜行性?薄明薄暮?

歴史的に、ヒョウモントカゲモドキのような夜行性または薄明薄暮性の種は、UVB照射を必要とせず、食事性のビタミンD3に依存していると考えられてきました 。しかし、近年の科学的研究はこの定説に根本的な疑問を投げかけています。複数の研究により、ヒョウモントカゲモドキはUVB光に曝露されると、皮膚でビタミンD3を内因性に合成する生理学的能力を有することが実証されています。 Gouldらによる重要な研究では、短時間(1日2時間)のUVBに曝露された成体のヒョウモントカゲモドキは、非曝露群と比較して、血中の25-ヒドロキシビタミンD3濃度が有意に高かったことが報告されています。また、幼体を用いた別の研究では、食事性ビタミンD3のみで6ヶ月間の正常な成長とMBDの臨床症状の非発現が確認されたものの、UVB曝露群は依然として有意に高いビタミンD3代謝産物レベルを達成しました〔Gould et al.2018〕。  これらの研究結果は、飼育下のヒョウモントカゲモドキに対するケアの基準が変化しつつあることを示唆しています。食事性ビタミンD3が綿密に管理されればUVBなしでも生存は可能ですが、彼らは生理学的にUVBを利用する能力を備えており、それによってより強固なビタミンD状態を達成できます。

発生機序

ヒョウモントカゲモドキでみられるMBDの最も一般的な病態は、栄養性二次性上皮小体機能亢進症 (Nutritional Secondary Hyperparathyroidism: NSHP) です〔Divers et al.2019,Donoghue 2006〕。血中のイオン化カルシウム濃度は、神経伝達や筋収縮など生命維持に必須であるため、非常に狭い範囲で厳密に調節されています。食事からのカルシウム供給が不足し低カルシウム血症に陥ると、体はこれを補正するために上皮小体(副甲状腺)から上皮小体ホルモン(Parathyroid Hormone: PTH)を過剰に分泌します〔Mader 2006,Divers et al.2019〕。PTHは、骨を破壊する破骨細胞を活性化させ、骨格をカルシウムの貯蔵庫として利用し、血中へカルシウムを動員(骨吸収)させます〔Donoghue 2006〕。同時に、腎臓に作用して尿中へのカルシウム排泄を抑制し、活性型ビタミンD₃(カルシトリオール)の産生を促進します。しかし、栄養的な欠乏が続く限りこの状態は是正されず、PTHが持続的に分泌され続ける結果、骨は次々とカルシウムを失い、構造的に弱く、多孔質になり、線維性結合組織に置き換わっていきます(線維性骨異栄養症)[〔Mader 2006,,Wright 2018〕。

症状

症状は疾患の重症度と罹患期間に依存し、軽微なものから生命を脅かすものまで多岐にわたります。

  • 初期〜中期:
    • 元気消失、食欲不振〔Barten 2012〕
    • 四肢の細かい震え(特に安静時)、筋肉の攣縮〔Divers et al.2019〕
    • 歩行異常(腰が上がらない、体を地面に引きずるような歩行)〔Wright 2018〕
    • 口を開けるのを嫌がる、顎の力の低下〔Mader 2006〕
  • 進行期:
    • 骨格の変形: 四肢の彎曲、脊椎の歪曲(くる病様変化)、下顎骨の軟化・腫脹(通称「ラバージョウ」)が典型的です〔Mader 2006,Donoghue 2006〕。
    • 病的骨折: 日常的な活動による軽微な外力で四肢や脊椎、顎骨が骨折します〔Divers et al.2019〕。
    • 神経症状: 重度の低カルシウム血症は、神経筋接合部におけるアセチルコリンの放出を不安定にし、全身性の痙攣発作やテタニーを引き起こします。
    • その他: 消化管の蠕動運動低下による便秘や食滞、繁殖雌においては卵殻形成不全や産卵困難(卵詰まり)を引き起こすことがあります〔Mader 2006〕。

検査・診断

診断は、詳細な飼育歴の聴取、身体検査所見、および画像診断を組み合わせて行います。

  • 身体検査: 骨格の触診による変形や痛みの確認、顎の強度評価、歩行状態の観察、神経学的検査が重要です。
  • X線検査: MBDの診断において極めて有用です〔Mader 2006〕。骨密度(骨不透過性)の全体的な低下、皮質骨の菲薄化、過去の骨折痕や変形、消化管内の砂礫(異食)の有無などを評価します〔Donoghue 2006,Wright 2018〕。健常個体とのX線画像を比較することが診断の一助となります。
  • 血液検査: 血中総カルシウム濃度、特に生理活性を持つイオン化カルシウム濃度の測定が診断の確定に役立ちます〔Mader 2006〕。ただし、代償機構(PTHの作用)により、骨に重篤な変化が生じていても血中カルシウム値が正常範囲内に維持されている場合があるため、注意が必要です。リンや総タンパク質、アルブミンなどの測定も病態の評価に有用です。

治療

治療の主目的は、低カルシウム血症を速やかに是正し、骨の再石灰化を促し、根本原因である飼育・栄養管理を改善することです。

  • 緊急治療: 痙攣発作や重度の虚脱など、生命を脅かす急性低カルシウム血症(低カルシウム血症性テタニー)に対しては、グルコン酸カルシウムの注射(筋肉内、皮下、または骨内)による迅速なカルシウム補給が必要です。
  • 支持療法:
    • 経口カルシウム剤の投与: 状態が安定したら、経口のカルシウム製剤(グルコン酸カルシウムや乳酸カルシウムなど)の投与に切り替えます。食事に混ぜるか、直接経口投与します〔Mader 2006〕。
    • ビタミンD₃の投与: 腸管からのカルシウム吸収を促進するため、ビタミンD₃の経口投与を行います。過剰症のリスクがあるため、獣医師による正確な用量計算が不可欠です。

  • 栄養管理と看護: 自力で採食できない個体には、強制給餌や流動食の投与が必要になる場合があります。骨折している場合は、運動を制限した環境で管理します。
  • 飼育管理の是正: 治療の最も重要な要素であり、再発防止の鍵となります〔Mader 2006〕。
    • 食事内容の改善: 毎回、良質なカルシウムとビタミンD₃が配合されたサプリメントを餌昆虫にダスティングすることを徹底します。
    • カルシウムの自由採食: ビタミンD₃を含まない炭酸カルシウムの粉末を小さな皿に入れ、ケージ内に常設します〔Mader 2006〕 。
    • 温湿度管理: ヒョウモントカゲモドキの至適温度域を維持し、消化吸収能力を正常化させます。

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一度変形した骨格は完全には元に戻らないことが多いですが、適切な治療と管理により骨密度は改善し、臨床症状の緩和と生活の質の向上は十分に期待できます 〔Mader 2006〕。

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参考文献

  • Barten SL.Leopard Geckos.In Clinical Veterinary Advisor: Birds and Exotic Pets.Elsevier Saunders:p209-212.2012
  • Divers SJ,Stahl SJ.Mader’s Reptile and Amphibian Medicine and Surgery 3rd ed.Elseier.2019
  • Donoghue S.Nutrition.In Reptile Medicine and Surgery 2nd ed.Saunders Elsevier:p251-298.2006
  • Gould Amelia et al.Evaluating the Physiologic Effects of Short Duration Ultraviolet B Radiation Exposure in Leopard Geckos (Eublepharis macularius).Journal of Herpetological Medicine and Surgery28(1-2).2018
  • Mader DR.Metabolic Bone Disease.In Reptile Medicine and Surgery 2nd ed.Saunders Elsevier:p851-865.2006
  • Wright KM.Disorders of the Skeletal System.In Veterinary Clinics of North America:Exotic Animal Practice21(3):517-535.2018

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。