【病気】ヒョウモントカゲモドキの消化管閉塞(インパクション)と床敷論争

インパクション

ヒョウモントカゲモドキの消化管インパクション(消化管閉塞)は、爬虫類臨床において遭遇する機会の多い、重篤な状態の一つです。これは、消化管内腔が餌、異物、または硬化した糞便によって物理的に閉塞される状態を指します。

要因

インパクションの原因は単一ではなく、複数の要因が関与していることが一般的です。

不適切な飼育環境

最も重要な要因の一つが温度管理の不備です。ヒョウモントカゲモドキは変温動物であり、消化酵素の活性化や消化管の蠕動は、適切な環境温度(特に腹部を温める「ベリーヒート」)に依存しています〔(Mader 2006〕。温度が低すぎると消化機能が著しく低下し、食べた物が消化管内で停滞・腐敗し、閉塞を引き起こします。

床敷の誤飲

飼育ケージの床敷の誤飲は、インパクションの主要な原因です。特に砂、クルミの殻、ウッドチップ、コーンコブなどは、消化されずに消化管内に蓄積しやすいです〔Girling et al.2019〕。「カルシウムサンド」と呼ばれる製品も、安全であるかのように販売されていることがありますが、主成分は炭酸カルシウムであり、消化管内で溶解せず、特に胃酸が少ない状態(低温時など)では容易に閉塞を引き起こすため、獣医学的には推奨されません 〔Mader 2006〕。

不適切な給餌

一度に大量の餌を与えること、または個体のサイズに対して大きすぎる餌(例:ジャイアントミールワームの多給)を与えることは、消化管の通過障害を引き起こす可能性があります。また、昆虫の外骨格であるキチン質は難消化性であり、これが過剰になると糞便が硬くなり、閉塞の原因となることがあります。

脱水

水分の摂取が不足すると、糞便が硬くなり、排泄が困難になります。

基礎疾患

代謝性骨疾患 (MBD) により骨盤が変形すると、物理的に糞便の通過が妨げられることがあります〔Girling et al.2019〕。低カルシウム血症によりミネラルを欲して床砂を口にするのかもしれません。また、重度の寄生虫感染が消化管の運動性を低下させる可能性も指摘されています。

症状

インパクションの症状は、閉塞の程度や位置によって異なりますが、一般的に食欲不振または廃絶、元気消失、排便の停止腹部膨満、しぶり(排便しようとして力むが、何も出ない状態)、脱肛および総排泄腔脱などが見られます〔Mader 2006〕。

診断・検査

診断は、飼育歴の聴取、身体検査、および画像診断を組み合わせて行います。飼育温度、使用している床材の種類、最後に食べたもの、最後の排便時期などを詳細に確認します。腹部の触診が極めて重要です。消化管内に硬い塊(砂や異物、硬化した糞便)を触知できることが多くあります〔Mader 2006〕。X線検査が診断を確定するために最も有用な検査です〔Girling et al. 2019〕。砂や異物はX線不透過性であり、消化管内に蓄積している様子や、閉塞によるガス像を確認できます。バリウムなどの造影剤を経口投与し、消化管の通過時間や閉塞部位を特定することもありますが、完全閉塞が疑われる場合は造影剤が停滞し状態を悪化させるリスクもあるため、慎重に行われます。近年はCT検査でX線にうつらない異物の確認、また同症状が見られる尿酸プラグによる便秘の鑑別も可能です。

治療

治療は、閉塞の原因物質、閉塞の程度、および個体の全身状態に基づいて決定されます。閉塞が軽度または部分的である場合、内科的治療が試みられます。まず、全身状態を安定させることが最優先です。適切な温度(通常よりやや高め)の環境に置き、消化管の運動性を高めます。温浴(ぬるま湯での入浴)は、総排泄腔からの水分吸収を促し、排便を刺激する効果があります。また、必要に応じて経口補液や皮下補液を行います。緩下剤としてラクツロース流動パラフィンを経口投与することがあります〔Mader 2006〕。これらは糞便を軟化させ、消化管の滑りを良くする目的で使用されます。温水や生理食塩水、あるいは希釈したラクツロースを用いて、総排泄腔から消化管末端を洗浄し、閉塞物の排出を試みることがあります〔Girling et al.2019〕。内科的治療に反応しない場合、またはX線検査で完全閉塞が明らかである場合、外科的介入が必要となります。全身麻酔下で腹部を切開し、閉塞している腸管を特定します。腸を切開して物理的に閉塞物(砂の塊など)を摘出します。

論争点

床材の選択は、飼育者の間で最も意見が分かれる点の一つです。臨床報告に基づき、砂、ソイル、ウッドチップなどの粒子状の床材は、致死的な消化管閉塞(インパクション)のリスクをもたらすと警告する見解があります 。実際に、砂を誤飲したヒョウモントカゲモドキから外科的に砂を摘出した獣医学的な症例報告は、このリスクの強力な証拠となります。  一方で、より現代的で統合的な見解では、消化管閉塞は床材そのものによって引き起こされるのではなく、根本的な飼育管理の不備によって二次的に生じる「症状」であると主張されています 。   

消化管閉塞の多因子性病態生理

消化管閉塞は、単一の原因による偶発的な事故ではなく、複数の要因が絡み合って発症する複雑な疾患として捉えるべきです。床材は最終的な物理的閉塞物となることが多いですが、その背景には生理学的な機能不全が存在します。

体温調節の不全

低温環境は消化管の活動を著しく低下させ、消化可能な食物ですら正常に通過できなくなります。消化不能な床材であれば、なおさらです 。   

栄養不足

食事中のカルシウム不足や、ビタミンD3合成に必要なUVB照射の欠如は、代謝性骨疾患(MBD)を引き起こします。カルシウム欠乏状態に陥った個体は、ミネラルを補おうと本能的に床材を食べてしまう(異食症)ことがあります 。   

脱水

慢性的な低湿度や新鮮な水の不足は脱水を引き起こし、糞便や消化管内容物が硬化して排泄困難となり、閉塞のリスクを高めます 。   

寄生虫・疾患

重度の寄生虫感染やその他の基礎疾患は、個体を衰弱させ、消化管機能を損なう可能性があります 。   

    結論として、適切に加温・加湿され、栄養バランスの取れた健康な個体であれば、偶発的に少量の床材を摂取しても通常は排泄できます。リスクが顕在化するのは、これらの生理学的システムの一つ以上に不全が生じた場合です。

    獣医学的推奨(リスク段階別アプローチ)

    検疫期間中・幼体

    全ての新規導入個体(最低30日間の検疫期間中)および生後6ヶ月未満の幼体には、キッチンペーパー、ペットシーツ、スレートタイルといった粒子状でない床材を使用してください 。これにより、他の全ての飼育パラメータが最適であることを確認する間、床材という変動要因を排除できます。獣医学的な症例報告でも、これが最も安全な選択肢として明確に推奨されています 。   

    健康な成体

    専門家の管理下で健康が確認されている成体には、自然な掘削行動を促し、関節の健康にも良いとされる自然に近い床材(例:有機質のトップソイル*70%、砂30%の混合)を使用することも可能です 。 

    *腐葉土堆肥といった有機物を豊富に含んだ、土壌の最上層(表土)またはそれに似せて作られた園芸用の土を指します

    爬虫類の床敷の解説とお薦め商品はコチラ

    常に避けるべき床材

    カルシウムサンド(摂取を誘発する)、クルミ殻(鋭利な粒子)、ウッドチップやウッドシェイブ(有毒な場合や閉塞の原因となる)は、いかなる場合も使用すべきではありません 。   

    参考文献

    • Girling SJ,Raiti P eds.BSAVA Manual of Reptiles 3rd ed.British Small Animal Veterinary Association.2019
    • Mader DR ed.Reptile Medicine and Surgery 2nd ed.Saunders Elsevier.2006

    この記事を書いた人

    霍野 晋吉

    霍野 晋吉

    犬猫以外のペットドクター

    1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

    犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

    「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。