はじめに
ウサギ は、エキゾチックアニマル診療においてイヌやネコに次いで一般的な患者となっており、その寿命の延長に伴って加齢に関連する複雑な疾患の報告が増加しています。特にオスのウサギにおいて、副生殖腺(Accessory sex glands)は生殖能力の維持に不可欠な役割を果たしていますが、その解剖学的複雑性と種特異的な生理機能は、臨床現場において診断上の課題を提示することが少なくありません。ウサギの副生殖腺疾患には、細菌性感染症、結石症、良性肥大、および悪性腫瘍が含まれ、これらは排尿困難、血尿、あるいは非特異的な腹部痛や食欲不振として現れます。

雄性副生殖腺の解剖・生理
ウサギの副生殖腺系は、骨盤部尿道に付随する複数の腺体によって構成され、その構成は他の哺乳類と比較して高度に分化しています。主要な腺体には、前立腺複合体(prostate complex)、精嚢腺(Vesicular gland)、尿道球腺(Bulbourethral gland)が含まれ、さらに精管の末端には精管膨大部腺(gll. ampullae) が存在します〔Skonieczna et al.2019〕 。

前立腺複合体
ウサギの前立腺は、単一の臓器ではなく、解剖学的に異なる4つの部位からなる「複合体」として理解されるべきです。これらは前前立腺(Proprostate)、前立腺(Prostate)、および一対の側前立腺(Paraprostates)に分類されます〔Skonieczna et al.2019〕 。
前前立腺
前前立腺は、尿道の背側かつ最も頭側に位置する管状胞状腺です。組織学的には、好酸性の細胞質を持つ単層または二層の円柱上皮によって裏打ちされており、実質内には平滑筋細胞の束を含む疎性結合組織が豊富に存在します。この平滑筋成分は、射精時の分泌物排出に寄与しています〔Skonieczna et al.2019,Dimitrov et al.2013〕 。
前立腺
前前立腺のすぐ尾側には前立腺主部が位置し、これら二つの腺体は共通の結合組織性被膜によって包まれています。前立腺主部の実質は結合組織の隔壁によって小葉に分けられており、単層円柱上皮で構成される管状腺の形態をとります〔Skonieczna et al.2019,Dimitrov et al.2013〕 。
側前立腺
側前立腺は、前前立腺および尿道の外側に位置する比較的小さな腺体であり、その大きさや分葉の数には顕著な個体差が認められます 。これらの各部位は、それぞれ独立した導管を介して尿道へ開口します。前立腺液は精液全容積の約半分を占め、精子の運動性を刺激するタンパク分解酵素やクエン酸、エネルギー源としての各種基質を供給する役割を担っています〔Skonieczna et al.2019,Dimitrov et al.2013〕 。
精嚢腺
ウサギの精嚢腺は、ヒトや多くの反芻類とは異なり、左右一対ではなく単一の扁平な嚢状構造を呈することが最大の特徴です 。この腺は、精管膨大部と前前立腺の間に位置し、頭側が二葉に分かれた形状をしています。その壁内には偽重層円柱上皮に覆われた高度に発達した粘膜襞と分岐する陰窩が存在し、活発な分泌活動を支えています〔Skonieczna et al.2019〕 。生理学的に、精嚢腺の分泌物は精漿に抗酸化物質、緩衝剤、および高濃度のプロスタグランジンを提供します。プロスタグランジンは、オスの生殖道およびメスの産道の平滑筋収縮を誘発し、精子の輸送を補助すると考えられています。また、精嚢腺の分泌物は、射精後に膣内で凝固して膣栓を形成する主要な因子です。このゲルプラグは、精子の逆流を防ぎ、受精率を向上させるための交尾栓として機能します〔Skonieczna et al.2019〕。精嚢腺の開口部は尿道内の丘阜 (colliculus seminalis) 付近にあり、この解剖学的配置は臨床上、尿道カテーテル留置の際にカテーテルが精嚢腺内に誤入し、膀胱への到達を妨げる原因となることが報告されています〔Uthamanthil et al.2013〕。
尿道球腺・精管膨大部腺
尿道球腺(クーパー腺)は、前立腺のさらに尾側、会陰部の尿道背側に位置する一対の卵円形の腺体です。この腺は尿道球筋に包まれており、射精前に尿道を清浄化・潤滑化するための粘液を分泌します。組織学的には、グリコーゲン粒や酸性粘液物質を含む胞状腺の形態をとります〔Skonieczna et al.2019〕 。精管膨大部腺は、精管の遠位末端を取り囲む腺組織であり、精嚢腺へと続く管腔に分泌物を供給します。これらの全ての副生殖腺の発達と機能維持は、精巣由来のテストステロンに完全に依存しており、去勢個体では著明な萎縮が認められます 〔Skonieczna et al.2019〕。
| 腺体部位 | 面積/直径 | 組織学的特徴 |
| 前立腺(腺体部面積) | 24.5±4.7mm² | 単層円柱上皮、結合組織被膜 |
| 側前立腺(各葉面積) | 0.79±0.54mm² | 高い個体差、前前立腺の外側に位置 |
| 尿道球腺(各葉面積) | 4.33±1.28mm² | 尿道球筋に包まれた胞状腺 |
| 精管膨大部(頭側) | 5.29±0.58 mm²(全体) | 内層に腺組織を含む厚い壁 |
| 精管膨大部(尾側) | 2.64±1.07 mm²(全体) | 開口部に向けて細くなる構造 |
| 精嚢腺(粘膜襞高さ) | 293μm(高さ) | 偽重層円柱上皮、ゲルプラグ成分分泌 |
副生殖腺疾患
ウサギの副生殖腺疾患は、炎症性、増殖性、および腫瘍性の3つの主要なカテゴリーに分類されます。これらの病態は、ホルモンバランスの乱れ、細菌感染、あるいは加齢に伴う細胞の異形成によって引き起こされます。
精嚢腺炎・前立腺炎
精嚢腺炎は非去勢の成熟オスウサギにおいて散発的に発生し、病態としては、上行性の細菌感染が最も一般的です。ウサギの生殖器感染症において、Pasteurella multocidaは最も重要な病原体であり、慢性的な炎症、膿瘍形成、そして精漿の質の低下を引き起こします。P.multocida感染は、鼻炎や肺炎、中耳炎などと並行して発生することが多く、血行性転移または自己グルーミングによる尿道口への汚染から上行性に感染が広がります〔Yousseff et al.2025〕。

慢性的な炎症が持続すると、腺体内に分泌物と炎症産物が貯留し、結石の形成に至ることがあります。ウサギの精嚢腺および前立腺で観察される結石は、シュウ酸カルシウムやリン酸三カルシウムを主成分とし、これはウサギ特有のカルシウム代謝が関与していると考えられています。また、Corynebacterium属などの細菌が結石を核として検出されることもあり、感染と石灰化の相互作用が示唆されています〔Ardiaca t al.2016,Dimitrov et al.2013〕。

前立腺肥大症(BPH)・嚢胞性変性
良性前立腺肥大症は、高齢のヒトと同様にウサギにおいても発生し、間質および上皮細胞の増殖による腺体の肥大を特徴とします。病態生理学的には、テストステロンとその代謝物であるジヒドロテストステロン (DHT) の蓄積、およびエストロゲンとの相対的な比率の変化が関与しています 。実験的モデルでは、テストステロンの外部投与により、前立腺重量の増加、腺単位の過形成、および管腔内への分泌液貯留が誘発されることが証明されています〔Abubakar et al.2024〕 。BPHに関連して、腺管の閉塞や上皮の分泌過多により嚢胞性変性が生じることもあります。調査によれば、ウサギの前立腺複合体における嚢胞の発生率は19.2%に達し、加齢とともに増加する傾向にあります。これらの嚢胞は、それ自体が疼痛の原因となるだけでなく、二次的な感染の温床となるリスクも孕んでいます〔Dimitrov et al.2013〕。

前立腺腺癌
前立腺腺癌は、高齢のオスウサギにおける重要な悪性腫瘍です。ウサギは本来、生殖器系の腫瘍が発生しやすい動物であり、メスにおける子宮腺癌が有名ですが、オスにおいても前立腺における上皮由来の悪性増殖が報告されています〔Saunders et al.2018〕 。腫瘍は周囲の尿道や膀胱、さらには骨盤腔内のリンパ節へ浸潤し、最終的には肺などへ血行性転移を起こす可能性があります。組織学的には、腺管構造の乱れ、細胞の多形性、および基底膜の破壊が認められます。ウサギの前立腺腺癌は、多くの場合、慢性的な血尿を初発症状として提示し、診断時にはすでに局所浸潤が進んでいるケースも少なくありません 。また、ヒトの前立腺特異抗原 (PSA) に相当するバイオマーカーの動態については、ウサギにおいてもBPHや腫瘍時に上昇する可能性が示唆されており、診断の一助となることが期待されています〔Saunders et al.2018〕 。
症状
副生殖腺疾患を持つウサギは、多くの場合、排尿に関連した異常や非特異的な疼痛行動を示します。最も頻繁に認められる症状は、排尿困難 と血尿です。精嚢腺や前立腺が炎症や腫瘍によって腫大すると、骨盤腔内で尿道を圧迫し、尿流を妨げます 。また、重度の前立腺癌では、腫瘍組織からの出血により持続的または間欠的な血尿が生じ、血栓が排泄されることもあります。腹部痛は、不活発、歯ぎしり、猫背の姿勢、あるいは食欲不振 として現れます。副生殖腺の痛みはしばしば胃腸停滞を誘発するため、消化器症状が主訴であっても泌尿生殖器系の評価を怠ってはなりません。さらに、前立腺膿瘍や悪性腫瘍では、著明な体重減少や、尿道口からの膿性・血性分泌物が認められることもあります〔Ardiaca t al.2016,Dimitrov et al.2013〕。
検査・診断
身体検査
身体検査では、後腹部の深部触診により、膀胱の後方に腫瘤が触知されることがあります。正常な前立腺や精嚢腺は触知不可能ですが、病的な肥大がある場合は、硬結した、あるいは波動感のある塊として認識されます 。外部生殖器の観察では、包皮の炎症や分泌物の付着、あるいはウサギ梅毒に特徴的な潰瘍の有無を確認します。
画像診断
画像診断は、内部構造の可視化において極めて重要な役割を果たします。
超音波検査
超音波検査は、副生殖腺疾患の診断において最も推奨される第一選択の検査法です。膀胱を適度に充填させた状態で行うことで、良好な音響窓が得られます。正常な前立腺複合体では回エコー源性の高い実質として観察されますが、BPHでは腺全体が対称性に肥大し、回エコー源性が不均一になります。嚢胞性変性がある場合は、実質内に無エコーまたは低エコーの領域が認められます。精嚢腺に炎症がある場合、腺の拡張と壁の肥厚、および内部に浮遊するエコー源性の高い物質(膿や結石)が観察されます。結石がある場合は、明瞭な音響影 伴う高エコー像として描出されます。腫瘍が発生すると不規則な形状の低エコー性腫瘤として観察されます〔Ardiaca t al.2016,Dimitrov et al.2013〕。
X線検査
単純X線検査では、軟部組織密度の増強として腫大した腺を確認できることがありますが、詳細な評価には限界がありますが、石灰化した結石の検出には有用です。排泄性尿路造影や逆行性尿道造影、あるいは精嚢腺への直接造影は、導管の開通性や腺の拡張範囲を評価するために行われることがありますが、侵襲性を考慮する必要があります。
CT検査・MRI検査
MRIは軟部組織のコントラスト分解能において最高峰の診断能力を持ち、特に前立腺の分葉構造や周囲組織への浸潤を評価するのに最適です 。ウサギの前立腺はT2強調画像で高信号を示し、腫瘍病変は相対的に低信号を呈する傾向があります〔Dimitrov 2023〕 。CTは全般的な解剖学的配置の把握や転移の評価に優れており、特に骨転移の有無を確認する際に有用です。
臨床病理
尿検査
潜血反応、比重、および沈渣の評価を行います。ウサギの尿は正常でもカルシウム結晶により混濁していますが、膿尿や血尿の有無は重要です。また、食事性ポルフィリン尿との鑑別が必要です。
細胞診 (FNA)
超音波ガイド下で細針吸引を行い、得られた細胞を評価します。炎症、膿瘍、あるいは悪性腫瘍の細胞学的特徴を確認できますが、ウサギの pus は非常に粘稠であるため、吸引が困難な場合もあります。
細菌培養
尿や穿刺液からの培養を行い、感受性に基づいた適切な抗菌薬を選択します 。
治療
副生殖腺疾患の治療目標は、感染の除去、疼痛の緩和、および正常な排尿機能の回復にあります。病態に応じて、内科的療法、外科的療法、あるいはその併用が選択されます。
内科的療法
細菌性感染が疑われる場合、組織移行性の高い抗菌薬を長期間(通常は3〜4週間以上)投与し、炎症と疼痛を制御するために NSAIDs が使用されます。BPHの症例では、抗アンドロゲン剤(フィナステリドなど)が検討されることがあります。これはテストステロンからDHTへの変換を阻害し、腺体の萎縮を促します。
外科的療法
去勢手術
非去勢個体における副生殖腺疾患の管理において、去勢手術は最も基本的かつ効果的な介入です。副生殖腺はテストステロン依存性であるため、去勢により数週間以内に腺体の萎縮が始まり、炎症や肥大の軽減に寄与します〔Ardiaca t al.2016,Dimitrov et al.2013〕。
精嚢腺切除術 (Vesiculectomy)
結石を伴う難治性の精嚢腺炎や腫瘍に対して行われます。正中切開によりアプローチし、膀胱を頭側へ牽引して腺を露出させます。精嚢腺は非常に脆く、出血しやすいため、双極電磁手術器やレーザー、あるいは吸収性縫合糸を用いた精密な結紮が必要です。尿道への開口部付近で腺を分離し、切除します。全切除を行った場合、精漿中のナトリウム濃度が低下し、カルシウムやカリウム濃度が上昇するとの報告がありますが、排尿機能や一般的な健康状態への長期的な悪影響は少ないとされています〔DEL NIÑO JESUS et al.1997〕 。
前立腺切除術 (Prostatectomy)
前立腺癌に対して行われますが、ウサギの前立腺は尿道を全周性に囲んでいないものの、周囲組織との癒着や尿道への浸潤が強いため、全切除は技術的に極めて困難です。尿道損傷による尿失禁や狭窄のリスクが非常に高いです。イヌでは全切除により生存期間の延長が期待できますが、ウサギにおいてはケースバイケースでの判断が求められます。近年では、ダイオードレーザーを用いた組織溶接などの新しい吻合技術も研究されています 〔Castellieret al.2025〕。
高度医療と緩和ケア
悪性腫瘍の管理として、放射線治療やメトロノミック化学療法が選択肢となります〔Castellieret al.2025〕。
| 治療 | 内容 | 効果 |
| 放射線療法 (SRT/IMRT) | 高精度な放射線照射により腫瘍細胞を殺滅 | 局所の腫瘍制御と生存期間の延長。20か月以上の生存報告もある |
| メトロノミック化学療法 | 低用量のシクロフォスファミドなどを継続投与 | 血管新生の抑制、免疫調節/副作用を抑えつつ再発を遅らせる |
| 化学療法(静脈内投与) | パクリタキセルなどの殺細胞性薬剤の定期投与。 | 転移の抑制を目的とするが、ウサギでの毒性管理が重要 |
予防
最も効果的な予防法は、適切な時期(生後6~12ヵ月頃)に去勢手術を行うことです 。これにより、BPH、精嚢腺炎、および前立腺癌のリスクを劇的に減少させることができます。
結論
オスのウサギにおける副生殖腺疾患は、その解剖学的複雑性と非特異的な臨床症状ゆえに、診断の遅れが生じやすい領域です。しかし、精嚢腺が単一であることや、前立腺が4つの部位からなる複合体であるといった種特異的な知識を臨床医が持ち、超音波検査を中心とした積極的な画像診断を行うことで、早期発見と効果的な介入が可能となります。
参考文献
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