【病気】ウサギの腸炎

背景

ウサギの獣医臨床において、消化器疾患は罹患率および死亡率の最も高い疾患群の一つとして位置づけられています。ウサギは完全な草食動物であり、その消化システムは後腸発酵に特化しています。特に盲腸は体重の約40%を占める巨大な発酵タンクとして機能し、摂取した繊維質を微生物の働きによって揮発性脂肪酸(VFA)やビタミンに変換し、エネルギー源として利用している 。さらに、盲腸で生成された栄養豊富な盲腸便を再摂取する食糞行動は、ウサギの栄養生理において不可欠なプロセスです。  この極めて特殊化された消化生理は、一方で環境変化や食事の不均衡、ストレス、薬剤投与に対して脆弱であるという側面を持っています。消化管機能の破綻は、単なる下痢や便秘にとどまらず、急速に全身状態を悪化させ、数時間から数日で死に至るケースも稀ではりません。

消化生理と病態

ウサギの腸炎や消化管うっ滞を理解するためには、正常な消化管運動とその破綻メカニズムを深く理解する必要がある。

盲腸機能

健康なウサギの胃内pHは1.0〜1.9と非常に低く、成体では胃内はほぼ無菌状態に保たれています 。一方、盲腸内は嫌気性細菌を中心とした複雑な微生物叢によって構成されており、そのバランスは食事中の繊維質と炭水化物の比率に大きく依存しています。正常な盲腸内細菌叢は、病原性細菌の定着を防ぐコロニゼーション・レジスタンス(colonization resistance)として機能していますが、デンプン質の過剰摂取や抗生物質の投与によりこのバリアが崩壊すると、病原菌の増殖を許すことになります 。   

消化管疾患発症の二大経路

近年のレビュー  によれば、ウサギの消化器疾患の発症機序は、大きく過負荷経路(Overload pathway)とうっ滞経路(Chymus jam pathway)の二つの概念モデルによって説明されています。これらは相互に排他的なものではなく、しばしば同時に進行し、悪循環を形成します。 過負荷経路は、主に易消化性炭水化物(デンプンや糖類)の過剰摂取に起因します。小腸での消化吸収能力を超えた炭水化物が盲腸へ流入すると、炭水化物を基質として、盲腸内細菌が急速な発酵を行い、発酵により過剰な揮発性脂肪酸が産生され、盲腸内pHが低下します。酸性環境下で正常な細菌叢が抑制され、Escherichia coli や Clostridium 属などの病原性細菌が増殖しやすい環境が形成され、増殖した病原菌が毒素(エンテロトキシンなど)を産生し、腸粘膜の炎症、分泌亢進、そして下痢(腸炎)を引き起こします。 うっ滞経路は、消化管運動の低下に主眼を置いています。ストレス、疼痛、または低繊維食が引き金となります。結腸のペースメーカーである Fusus coli の活動が低下し、消化管内容物の輸送が停滞します。内容物が大腸内に長時間滞留することで過剰な水分吸収が起こり、便が乾燥・硬化して物理的な閉塞(Impaction)を引き起こします。流入と排出のバランスが崩れることで、盲腸内容物の滞留時間が延長し、異常発酵やガス産生(鼓腸)が生じ、ガス貯留や閉塞による疼痛が、さらにカテコラミンの放出を促して腸運動を抑制し、食欲不振(Anorexia)を悪化させます。   

病因

ウサギの「腸炎」は単一の疾患ではなく、細菌、ウイルス、寄生虫、および非感染性因子が関与する症候群です。

細菌性腸炎

クロストリジウム性腸毒素血症(Clostridial Enterotoxemia)

主に Clostridium spiroforme が関与します。C.spiroforme はイオタ毒素(iota toxin)様の強力な外毒素を産生し、これが腸上皮細胞の壊死と血管透過性の亢進を引き起こします 。その他、C.difficile(毒素A/B産生)やC.perfringens(タイプE)も関与することが知られています。  C.spiroforme は、健康なウサギの腸内にもごく少数存在する常在菌ですが、通常は他の細菌によって増殖が抑制されています。しかし、特定の抗生物質(リンコマイシン、クリンダマイシン、エリスロマイシン、ペニシリン、アンピシリン、セファロスポリンなど)の経口投与は、競合するグラム陽性菌を選択的に排除し、耐性を持つクロストリジウム属の爆発的な増殖を誘発します 。また、離乳ストレスや低繊維・高エネルギー食も誘引となります。   盲腸および結腸の著しい拡張、液体貯留、そして漿膜面の出血斑が特徴的です。   

Tyzzer病(Tyzzer’s Disease)

Clostridium piliforme(旧 Bacillus piliformis)が原因菌で、グラム陰性の偏性細胞内寄生菌であり、人工培地での培養が極めて困難です。 離乳直後の幼若ウサギ(6〜12週齢)に好発し、致死率は90%を超えることがある。ストレス、過密飼育、不衛生な環境がリスク因子となります。 重篤な水様性下痢に加え、菌が門脈を経て肝臓や心臓に到達し、多発性巣状肝壊死や心筋炎を引き起こす全身性疾患です。

大腸菌症(Colibacillosis)

腸管病原性大腸菌(EPEC: Enteropathogenic E. coli)が原因菌です。主に二つの年齢層で発生します。一つは1〜2週齢の未離乳期(黄色水様下痢、全腹死亡が多い)、もう一つは4〜6週齢の離乳期になります。 菌が腸粘膜上皮に付着し、微絨毛を破壊する(Attaching and Effacing lesion: A/E病変)ことで吸収不良と浸透圧性下痢を引き起こします。重症例では敗血症に至ります。

その他の細菌

Salmonella spp.、Pseudomonas spp.、Lawsonia intracellularis(増殖性腸症の原因)なども腸炎の原因となりえます 。また、稀ですが Clostridium septicum による壊死性胃炎・盲腸炎の報告もあり、ウサギ繁殖コロニーでの突然死の原因として認識されています 。   

ウイルス性腸炎

ウイルス性腸炎は細菌性に比べて診断される頻度は低いですが、集団飼育において重要な役割を果たします。

ロタウイルス(Rotavirus)

幼若ウサギにおいて軽度から中等度の下痢を引き起こし、二次的な細菌感染の素地を作る 。   

アストロウイルス(Astrovirus)

近年、イタリアで行われた研究により、腸炎症状を呈するウサギから新規のアストロウイルスが同定された。有症状群での検出率(43%)は無症状群(18%)より有意に高く、ウイルス量も多かったことから、ウサギ腸炎の診断アルゴリズムに組み込むべき新たな病原体として注目されている 。   

寄生虫性腸炎(コクシジウム症)

Eimeria 属原虫によるコクシジウム症は、世界中のウサギ産業およびペットウサギにおいて最も蔓延している寄生虫疾患です。腸コクシジウム症として、E. magnaE. mediaE. perforansE. intestinalisE. irresidua など多数の種が存在します。これらは腸上皮細胞を破壊し、粘液性または血性下痢、体重減少、食欲不振を引き起こします。  肝コクシジウム症: Eimeria stiedae が胆管上皮に寄生する。肝腫大、腹水、黄疸、成長遅延を引き起こし、重度感染では死亡します。 離乳後の幼若個体(4週齢〜)で最も感受性が高い。成体は免疫を獲得しキャリアとなることが多いが、ストレス下で発症します。

流行性ウサギ腸症(ERE:Epizootic Rabbit Enteropathy)

1996年にフランスで初めて確認され、その後ヨーロッパ全土に拡大した新興疾患です〔Licois et al.2005〕。 商業用ウサギ農場において、離乳後のウサギ(6〜14週齢)に高い罹患率(ほぼ100%)と死亡率(30〜80%)をもたらします〔uón-Peláez X-HD et al.2018〕。 腹部膨満、水様性下痢、そして特徴的な腹鳴(rambling noise)を呈し、摂食量は激減し、肛門周囲が粘液で汚れます。感染実験により伝播性が確認されており、Clostridium cuniculi という新規のクロストリジウム属細菌の関与が強く疑われていますが、確定的な原因菌の特定には至っていません 。特筆すべきは、病理組織学的に顕著な炎症像(白血球浸潤など)が見られない点であり、炎症というよりは機能的障害としての側面が強いです〔Djukovic et al.2018〕。  

粘液性腸症(Mucoid Enteropathy/Enteritis)

大量のゼリー状粘液の排泄、盲腸便秘(Impaction)、胃拡張、低体温を主徴とします。 組織学的には杯細胞の過形成(Goblet cell hyperplasia)が特徴であり、炎症反応は乏しい。自律神経障害(Dysautonomia)が関与しているとの説もあります。 EREと症状が酷似しており、歴史的に混同されてきたが、EREは感染性が高く爆発的な流行を示すのに対し、従来の粘液性腸症は散発的で食事性要因が強いとされています。   

死亡率と年齢分布

ウサギの死亡率は「離乳」というライフイベントに強く相関している。ある大規模な調査研究  によると、離乳前死亡率は67.10%と極めて高く、その主な原因は母ウサギに関連する要因(育児放棄、乳汁不足)が95.23%を占めますが、感染性要因(大腸菌、サルモネラ)も4.77%存在します。離乳後死亡率は31.90%で、その死因の内訳は、敗血症を伴う突然死(13.80%)、腸炎(9.63%)、気管支肺炎(5.43%)となっています〔El-Ashram et al.2020〕。離乳後は母体移行抗体の消失と固形飼料への切り替えが重なり、腸炎のリスクが最大化する時期でもあります。

コクシジウム症の世界的有病率

複数の国で行われた研究が、コクシジウム症の極めて高い蔓延状況を示しています。後進国であるケニアの調査での繁殖場における全体的な有病率は85.1%、個人飼育ベースでは90.2%に達しました。特に離乳期において、便中オーシスト数が成長期や成体よりも有意に高く、混合飼育や過密飼育がリスク因子として特定されました〔Okumu et al.2014〕。   アルジェリアの調査では、離乳後ウサギのコクシジウム感染率は90(80.7~99.3)%と推定され、地域によって優勢な種が異なり、E. magna が最も一般的でした〔Maziz-Bettahar et al.2018〕。中国の調査では、離乳ウサギにおける有病率は74%で、成長期(45%)や繁殖用(42%)よりも有意に高く、感染強度も離乳期で最も高いという報告でした。

検査

糞便検査において、直接塗抹法・浮遊法でコクシジウムオーシストが検出されます。 健常ウサギの糞便はグラム陰性菌が優勢ですが、クロストリジウム性腸炎ではグラム陽性の大型桿菌(安全ピン状の芽胞を持つことが多い)が多数確認されます。 培養困難な C. spiroforme や C. piliforme、およびウイルス(ロタウイルス、アストロウイルス)の検出にはPCR検査が有用です。   

治療

治療は、原因菌、全身状態(ショックの有無)に基づいて決定されます。特にウサギは疼痛とストレスに弱いため、支持療法が治療の成否を分けます。下痢や腸管内への体液貯留による循環血液量減少性ショックを防ぐため、迅速な輸液が必要です。消化器疾患は激しい内臓痛を伴う。痛みは交感神経を刺激し、カテコラミン放出を介して腸管運動をさらに抑制するため、積極的な鎮痛は治療そのものです。 食欲廃絶が続くと、ウサギは容易に肝リピドーシス(脂肪肝)を発症し、致命的となりますので、強制給餌が必要となります。細菌性腸炎を疑う時、 メトロニダゾールは嫌気性菌(特にクロストリジウム)に対して第一選択薬となります。C. spiroforme 腸毒素血症に対しては、菌の増殖抑制とともに、毒素を吸着するコレスチラミン(Cholestyramine)の経口投与が生存率を改善する可能性があります。 コクシジウム症ではサルファ剤(スルファジメトキシン、スルファメトキサゾール・トリメトプリム)やトルトラズリル、ジクラズリルが有効です。 EREの治療には特異的な薬剤はないが、バシトラシン、チアムリン、バルネムリンなどの抗生物質が症状の抑制や死亡率低下に効果があるとの報告があります 。特定の抗生物質(リンコマイシン、クリンダマイシン、エリスロマイシン、アンピシリン、アモキシシリン、ペニシリン系(経口)、セファロスポリン系(経口)など  )は、ウサギの正常な腸内細菌叢(グラム陽性菌)を破壊し、致死的なクロストリジウム性腸炎を誘発するため、経口投与は絶対禁忌です。

予防

ウサギの消化器疾患は治療が困難であるため、予防が最大の医療となります。高繊維食を徹底にするべきです。粗繊維含量が18〜20%以上(望ましくは20-25%)のペレットを選択し、良質なチモシー牧草を自由採食させます 。長繊維は結腸の運動性を維持し、腸炎に対する防御効果を持っています  デンプン質(穀物、パン、甘いおやつ)の過剰摂取は、「過負荷経路」による盲腸内異常発酵の主因となるため厳しく制限します。 新しい食事への切り替えは数週間かけて徐々に行い、盲腸内細菌叢の適応を促します。

ストレスを軽減することも重要です。離乳、輸送、急激な温度変化、騒音などのストレス要因を最小限にする。ストレスは自律神経系を介して腸運動を抑制し、免疫能を低下させます。コクシジウムのオーシストは環境中で長期生存し、消毒薬にも抵抗性を示します。定期的な清掃(糞便の除去)、高温スチームやアンモニア系消毒薬による消毒、過密飼育の回避が重要です。新鮮な水の常時供給。水分摂取不足は、消化管内容物の乾燥と閉塞(Impaction)の直接的な原因となります。

参考文献

  • El-Ashram S et al.investigation of Pre- and Post-Weaning Mortalities in Rabbits Bred in Egypt, with Reference to Parasitic and Bacterial Causes.Animals10(3):537.2020
  • Licois D,Wyers M、Coudert P.Epizootic Rabbit Enteropathy: experimental transmission and clinical characterization.Vet. Res36:601-613.2005
  • Maziz-Bettahar S et al.Prevalence of coccidian infection in rabbit farms in North Algeria.Vet World11(11):1569–1573.2018
  • Okumu PO et al.Prevalence, pathology and risk factors for coccidiosis in domestic rabbits (Oryctolagus cuniculus) in selected regions in Kenya.Veterinary Quarterly34(4):205-210.2014
  • Puón-Peláez X-HD et al.Epizootic Rabbit Enteropathy (ERE):A Review of Current Knowledge..European Scientific Journal14(36).2018
    Djukovic A et al.Gut colonization by a novel Clostridium species is associated with the onset of epizootic rabbit enteropathy.Vet Res20;49(1):123.2018
  •  Yin G et al.Survey of coccidial infection of rabbits in Sichuan Province, Southwest China.Springerplus;5(1):870.2016

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。