舌の役割
有鱗目は視覚や聴覚だけでなく、化学感覚に大きく依存した生活史を持つ生物群です。特に舌出し(Tongue flicking)と呼ばれる行動は、獣医学的視点において単なる摂食動作の一部ではなく、中枢神経系の統合性、感覚器の機能、そして全身の健康状態を反映する重要な生体サインとして位置づけられます〔Filoramo et al.2009〕。一般的に哺乳類や鳥類を主な診療対象とする獣医師にとって、トカゲの舌は味覚や嚥下のための器官として認識されがちです。しかし、有鱗目の進化史において、舌は鋤鼻器Vomeronasal Organ(ヤコブソン器官)と密接に連携する化学物質運搬装置として高度に特殊化を遂げてきました。このシステムは、環境中の非揮発性化学物質(高分子量のフェロモンや獲物の体表脂質など)を効率的に収集し、口腔内の感覚上皮へと送達するために機能しています。
鋤鼻器の構造と機能
鋤鼻器は、鼻腔の底、硬口蓋の直上に位置する一対の管状または嚢状の化学受容器官です。主嗅覚系(鼻腔内の嗅上皮)が揮発性の低分子化合物を感知するのに対し、鋤鼻器は主に非揮発性または低揮発性の高分子化学物質(種特異的フェロモン、獲物の匂いなど)を受容することに特化しています〔Daghfous et al.2012〕。有鱗目において特筆すべきは、鋤鼻器が外鼻孔とは独立しており、口腔内に開口する一対の管(鋤鼻器開口部:Vomeronasal fenestrae)を通じてのみ外界と連絡している点です。したがって、外界の化学物質が鋤鼻器の感覚上皮に到達するためには、何らかの能動的な輸送メカニズムが必要となります。ここで中心的な役割を果たすのが舌になります。
舌の油圧ピストン
長らくトカゲやヘビの舌先が直接鋤鼻器の開口部に挿入されることで化学物質が受け渡されると考えられてきましたが、近年の高速度カメラを用いた運動学的解析および微細解剖学的研究により、この仮説は多くの種で否定されています。現在支持されているのは、油圧ピストンモデル(Hydraulic piston model)です。このメカニズムは、舌そのものではなく、口腔底の粘膜ヒダ(舌下ヒダ:Sublingual plicae)と口蓋の構造的相互作用に依存しています。トカゲは舌を挺出させ、環境中の基質や空気に触れることで、舌表面の粘液層に化学粒子を吸着させます。粒子を付着させた舌は口腔内に引き戻されます。口を閉じる、あるいは舌を安静位に戻す際、舌の前部は口腔底にある隆起した舌下ヒダと口蓋の間に形成される狭いチャンバー内に収まります。舌下ヒダがピストンのように機能し、舌を取り囲む空間を加圧する。これにより、舌表面の化学物質を含んだ唾液や粘液が押し出され、物理的に鋤鼻器の開口部へと注入されます。このモデルは、舌の形状が大きく異なるイグアナ類とオオトカゲ類の両方において、基本的な送達メカニズムが保存されていることを示唆しています。
舌の構造
頻繁に外界と接触する舌の表面は、物理的な摩耗に耐えうる構造を備えている。電子顕微鏡による観察では、舌上皮細胞間に多数のデスモソーム結合が存在し、剪断応力に対する高い耐性を有していることが確認されています。また、舌の角化の程度は種や生息環境によって異なる。乾燥地帯に生息する種(例:Salvator merianae テグーなど)では、舌尖部に厚いケラチン層が存在し、乾燥や粗い基質からの保護機能を果たしています。一方、舌の後部は非角化重層扁平上皮で覆われていることが多く、これは嚥下時の柔軟性や唾液の保持に寄与していると考えられています〔Assis et al.2021〕。さらに、ヘビや一部のトカゲ(Anguimorpha:オオトカゲ類など)の舌尖にはマイクロファセット(Microfacet)と呼ばれる微細な溝や突起構造が存在し、これが表面積を増大させ、微量な化学粒子の捕捉効率を飛躍的に高めていることが判明しています〔Toubeau et al.1994〕。トカゲと一口に言っても、その舌の形状や機能は科によって劇的に異なります。有鱗目は大きく「イグアナ類と硬舌類の二大グループに大別して議論されることが多いです。
イグアナ類
イグアナ下目は、イグアナ科、アガマ科、カメレオン科などを含むグループです。彼らの舌は一般に肉質で幅広く、先端の分岐はわずかであるか、全くないです。代表種はグリーンイグアナ 、フトアゴヒゲトカゲ、カメレオンです。舌は口腔底に広く付着しており、先端のみが自由端となることが多いです。表面は乳頭で覆われ、粘液腺が発達しています。このグループにおいて、舌の第一義的な役割は採食と嚥下になります。粘着性のある舌を獲物や植物に押し付け、口腔内に引き込むために用いられます〔Kandyel et al.2023〕。カメレオンにおいては、舌骨装置と弾性組織を用いた弾道的な射出機構へと極端に進化しています。イグアナ類は視覚依存型の捕食者で、探索のために頻繁に舌を出すことは少ないです。彼らの舌出しは、繁殖期における同種個体の認識や、新しい食物の確認など、特定の文脈に限られる傾向があります。
硬舌類
硬舌類は、スキンク下目、オオトカゲ下目、ヤモリ下目などを含む、より派生的なグループです。このグループでは、進化の過程で獲物を捕らえる機能が舌から顎へと移行し、舌は摂食の物理的拘束から解放され、高度な化学受容器官として進化を遂げました。オオトカゲ、テグー 、スキンク類、ヘビが代表的で、舌は細長く、先端が明確に二股に分岐している種が多いです。特にオオトカゲやテグーでは、舌は基部の鞘に収納可能であり、構造的にヘビと酷似しています。顎で獲物を捕らえるため、舌は専ら化学探索に用いられます。彼らは能動的採食者で、広範囲を移動しながら高頻度で舌を出し入れし、獲物の化学的手がかりを追跡します〔Smith et al.2009〕。
ヘビとの比較
トカゲの一部やヘビの舌は割れているのは、Tropotaxis(トポタクシス:定方位性)と呼ばれる走性が深く関与していませ。深く分岐した舌は、左右の先端が離れているため、空間的に離れた二点の化学濃度を同時にサンプリングできます。分岐舌はヘビだけの特徴ではなく、広範囲を探索する能動的捕食者であるオオトカゲやテグーにおいて独立して(収斂進化として)獲得された形質です。ヘビの舌は内部の筋肉構造が極めて高度に発達しており、トカゲ以上に柔軟かつ繊細な動きが可能です。ヘビの舌は完全に摂食機能を失い、100%感覚器として機能しています。一方、オオトカゲを除く多くの分岐舌トカゲ(スキンクなど)では、依然として舌を食物の口腔内輸送や飲水に用いている場合があります。
参考文献
- Assis ML et al.Functional morphology of the tongue of lizard Salvator merianae (Reptilia: Squamata).Cuad. herpetol. 35 (1): 165-170.2021
- Daghfous G et al.he Function of Oscillatory Tongue-Flicks in Snakes: Insights from Kinematics of Tongue-Flicking in the Banded Water Snake (Nerodia fasciata) Available for Purchase.Chemical Senses37(9):883–896,2012
- Filoramo NI.Hydraulic delivery of chemicals to the vomeronasal organs in squamate reptiles: a comparative morphological study.Integrative and Comparative Biology46:E42-E42.2006
- Filoramo NI,Schwenk K.The mechanism of chemical delivery to the vomeronasal organs in squamate reptiles: a comparative morphological approach.J Exp Zool A Ecol Genet Physiol311(1):20-34.2009
- Kandyel RM et al.Tongue of the Egyptian Endemic Bridled Skink (Heremites vittatus; Olivier, 1804): Gross, Electron Microscopy, Histochemistry, and Immunohistochemical Analysis.Animals13(21),:333.2023
- Smith KK et al.The use of the tongue and hyoid apparatus during feeding in lizards (Ctenosaura similis and Tupinambis nigropunctatus).Journal of Zoology202(1):115-143.2009
- Toubeau G et al.Morphological and kinematic study of the tongue and buccal cavity in the lizard Anguis fragilis (Reptilia:Anguidae).Anat Rec240(3):423-33.1994
