【生理】テグートカゲの内温性

季節的内温性

従来、爬虫類は外温性動物として定義され、体温調節を日光浴(バスキング)や日陰への移動といった行動的手段、あるいは環境熱への依存に頼るものと考えられてきたました 。しかし、テグーは春季の繁殖期において、外部熱源から遮断された夜間の地下巣穴内であっても、周囲温度を大幅に上回る体温を維持する通性内温性あるいは季節的内温性を発現することが明らかになりました〔Farmer 2016〕。テグーの内温性は通年維持されるものではなく、その生涯サイクルにおいて特定の季節にのみ発現します 。ブラジル南部やアルゼンチンに生息するアルゼンチンブラック&ホワイトデグー(Salvator merianae)では野生個体群、および半自然条件下での観察によれば、以下の表に示すような4つの明確なフェーズに分けられます〔Tattersall et al.2016〕。   

季節フェーズ行動/生理状態体温調整
春季 (9月~11月)繁殖期覚醒、交尾、造巣、産卵/代謝率の劇的上昇季節的内温性 (夜間もTb​>Ta​)
夏季 (12月~2月)活動期活発な採食、成長/日中の高い活動性外温性 (バスキング依存)
秋季 (3月~5月)準備期代謝の段階的抑制、食欲減退/休眠への移行外温性 (代謝抑制の開始)
冬季 (6月~8月)休眠期地下巣穴での完全な冬眠/活動停止と絶食外温性 (受動的平衡状態)
表:アルゼンチンブラック&ホワイトデグーの年間活動サイクルと生理学的特性

冬季の休眠中のテグーは代謝率を夏季の約80%まで抑制し、地下の巣穴で数ヶ月を過ごします。この期間、体温は周囲温度とほぼ一致し、外温性動物に典型的な受動的な熱平衡状態にあります。しかし、9月頃の繁殖期の到来とともに、テグーの生理状態は劇的に変化します。休眠から覚醒したテグーは、日中にバスキングを行い体温を35℃付近まで上昇させまするが、驚くべきことに、夕刻に地下巣穴(温度は17~22℃)に戻った後も、夜間を通じて体温を高く保ち続けます〔Tattersall et al.2016〕。 研究によれば、繁殖期の夜間(午前4時から6時頃)、テグーの体温は巣穴の温度よりも最大で10℃高い状態が維持されます 。この温度差は、夏季の非繁殖期には観察されないものであり、生殖ドライブに直結した産熱能力の発現を意味しています〔Tattersall et al.2016〕。 

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産熱メカニズム

テグーの内温性を支える最も重要な生理学的基盤は、筋肉組織における生化学的な熱産生です。哺乳類では、褐色脂肪組織における脱共役タンパク質1が非震え産熱の主役を担いますが、爬虫類であるテグーには機能的な褐色脂肪組織が存在しません 。また、ニシキヘビなどの一部の爬虫類に見られる筋肉の不随意収縮(震え産熱)も、テグーの加温プロセス中には観察されません。 近年の生化学的解析により、テグーの産熱は、繁殖期における骨格筋ミトコンドリアの数と機能の両面での変化によって達成されていることが明らかになりました〔Hervas et al.2024〕 。繁殖期のテグーの骨格筋(特に赤筋および白筋)では、ミトコンドリア密度が有意に上昇します。クエン酸シンターゼ(ミトコンドリア含量のバイオマーカー)の活性測定によれば、夏季の活動期と比較して、春季の繁殖期にはミトコンドリア量が増大し、代謝能力のベースラインが押し上げられています。これにより、より多くの酸素を消費し、ATP合成および熱を産生するための物理的基盤が整備されています〔Hervas et al.2024〕。  

内温性による生理値の変動

内温性を維持するためには、産生された熱を全身に運び、同時に体表からの放熱を最小限に抑える高度な循環器制御が必要になります。繁殖期のテグーの心拍数は、冬眠期の約6倍にまで増加します〔Tattersall et al.2016〕。冬季のテグーは心拍数が極端に低いにもかかわらず、バロレフレックスの感度は活動期と同等、あるいはそれ以上に機能している 。これは、心臓の1回拍出量の増加や心臓肥大などの代償機能が働いている可能性を示唆しており、冷涼な環境下での血圧維持という課題を克服しています〔Zena et al.2016〕。 また、テグーの季節的な内温性シフトは、生殖軸、甲状腺軸、および副腎皮質軸の複雑な相互作用によって駆動されています〔Zena et al.2020〕。そして、冬季の絶食期間中、エネルギー消費を極限まで抑えるため、テグーは消化管(胃および小腸)の質量を大幅に減少(萎縮)させる 。これに伴い、消化酵素の活性や吸収表面積も低下する 。この戦略により、機能維持に必要な基礎代謝コストを大幅に節約することが可能となります〔Gavira et al.2018 〕 。

臨床獣医学的注意点

つまり、テグーの季節的な内温性シフトは、臨床獣医師がテグーを診療する際の正常値の定義を根本から変えるものである 。つまり、心拍数、呼吸数、代謝率、および血液化学成分は、季節によって大幅に変動します。 

参考文献  

  • Farmer CG.Evolution: A lizard that generates heat.Nature 529(7587):470-472.2016
  • Gavira RSB et al.The consequences of seasonal fasting during the dormancy of tegu lizards (Salvator merianae) on their postprandial metabolic response.J Exp Biol221(Pt 8):jeb176156.2018
  • Hervas LS et al.Mitochondrial function in skeletal muscle contributes to reproductive endothermy in tegu lizards(Salvator merianae).Acta Physiologica 240(5).2024
  • Tattersall GJ et al.Seasonal reproductive endothermy in tegu lizards.Sci Adv2(1):e1500951.2016
  • Zena J eyt al.Winter metabolic depression does not change arterial baroreflex control of heart rate in the tegu lizard (Salvator merianae).Journal of Experimental Biology 219(5).2016
  • Zena LA et al.Hormonal correlates of the annual cycle of activity and body temperature in the South-American tegu lizard (Salvator merianae).Gen Comp Endocrinol285:113295.2020   

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。