【生理】トカゲの卵胎生

要約

有鱗目に属する爬虫類、すなわちトカゲ、ヘビ、ミミズトカゲは、脊椎動物の中でも極めて特異で多様な繁殖様式を展開し、卵生から胎生への移行か多数生じています。この事実は、有鱗類が環境の変化に対して生殖生理を適応させる驚異的な柔軟性を備えていることを示唆しています。かつて卵胎生(Ovoviviparity)と呼ばれた、母体内で卵が孵化する様式は、現代の発生生理学においては卵黄依存型胎生(Lecithotrophic viviparity)として再定義され、母体からの能動的な栄養供給を伴う母体栄養依存型胎生(Matrotrophic viviparity)へと続く、連続的な生理学的スペクトラムの一部として理解されています。

有鱗目の繁殖様式の多様性

有鱗目の進化において、胎生はスキンク科、ボア科、クサリヘビ科などの特定のグループで頻繁に、かつ独立して出現しています。特にスキンク科は、同一種内であっても地域によって卵生と胎生の個体群が分かれる二峰性繁殖を示す種が含まれており、進化の途上にある生理学的変化を観察する上で重要なモデルとなっています。

有鱗目は、現生爬虫類の中で唯一、卵生、胎生、そしてその中間段階である卵胎生(卵黄依存型胎生)のすべてを包含するグループであり、その多様性は他のワニ目、カメ目、ムカシトカゲ目とは一線を画しています。しかし、近年の生殖生理学および分子系統学の進展により、これらは不連続なカテゴリではなく、連続的なスペクトラムとして理解されるようになっています 。 従来の定義では、胚が卵内の卵黄のみを栄養源として成長し、親の体外で孵化するものを卵生とし、親の体内で孵化して子の姿で産まれるもののうち、栄養供給が卵黄のみに依存するものを卵胎生、母体からの直接的な栄養供給を伴うものを胎生と区別していました 。しかし、現代の生物学的な視点では、母体からの酸素、水、無機イオン(カルシウム、ナトリウム等)の供給はほぼ全ての卵胎生で確認されており、広義の胎生として一括されることが多いです。

胎生のトカゲ

​トカゲ亜目において、胎生進化は特定の科に偏って発生しています。

カナヘビ科(Lacertidae)

​カナヘビ科は基本的に卵生ですが、コモチカナヘビ(Zootoca vivipara)という極めて特異な胎生種を含んでいます。​コモチカナヘビ はユーラシア大陸に広く分布し、日本国内では北海道北部のサロベツ原野等に生息しています 。世界で最も広範な分布域を持つ陸上爬虫類で、北極圏付近の極寒の地でも活動可能です 。 ​繁殖の二峰性を備え、同一種でありながら、ピレネー山脈等の温暖な地域では卵生個体群、寒冷な北部地域では胎生個体群が存在します。胎生個体群は、7月頃に5個体前後の幼体を産みます。遺伝的解析により、特定の個体群において胎生から卵生への逆戻りが起きたことが示唆されており、繁殖形態の柔軟性を示す重要なモデルとなっています〔Gao et al.2019〕 。

スキンク科(Scincidae)

スキンク科は有鱗目の中で最も胎生進化が頻繁に起こったグループで、胎盤の複雑さも多様です。

アオジタトカゲ属 (Tiliqua)

オーストラリアに分布する大型のスキンクで、全てが胎生になります。 ​

マツカサトカゲ (Tiliqua rugosa)

春に1〜2頭の親の体サイズの半分に達する巨大な子を産みます。胎盤に包まれた状態で産まれ、その胎盤を幼体が最初の栄養源として食べる胎盤食が見られます 。

​マブヤ属(Mabuya)

中南米の種において、哺乳類の胎盤に非常に近い構造を持つものが知られています 。胚が卵黄にほとんど依存せず、有機栄養素の99%以上を母体から受け取る真正胎生の極致になります〔James et al.2014〕 。​

イエローベリースリートードスキンク(Saiphos equalis)

オーストラリア東部に生息し、標高によって卵生、胎生、およびその中間段階(薄い殻の卵を産み、数日で孵化する)を使い分けます 。同一のメスが卵と子の両方を一度に産む条件的胎生も報告されており、進化の移行期を体現しています〔Whittington et al.2022 〕。

​スノースキンク属(Niveoscincus)

タスマニアに生息しており、シロテンカラカネスキンク(N.ocellatus)では、母体のバスキング時間が子の性別(温度依存型性決定)に影響を与えるという、胎生種としては珍しい特性を持っています〔Cunningham et al.2017〕。

ヨロイトカゲ科 (Cordylidae)​

南アフリカを中心に分布するこの科も、多くの胎生種を包含しています。​

アルマジロトカゲ(Ouroborus cataphractus)

岩の隙間に家族グループで生活する社会性トカゲで、 年に一度、1〜2頭の大型の幼体を産みます。トカゲ類には珍しく、出産後に母親が子を保護したり、餌を与えたりする可能性が指摘されています。 ​

アンギストカゲ科(Anguidae)

ヒメアシナシトカゲ(Anguis fragilis)が代表的で、脚を失ったヘビのような姿をしており、イギリス等では庭園でも見られます 。卵胎生であり、体内で卵が孵化した後に3〜20頭の幼体を出産します 。 ​

胎生への移行

卵生から胎生への進化は、単に卵を保持する時間を延長するだけではなく、卵管の組織学的変容、卵殻の退行、そして胎盤という新たな生理的インターフェースの構築を必要とします。胎生爬虫類において、卵管は胚の保持、ガス交換、水分供給、そして一部の種では栄養供給を担う多機能な器官へと進化しています。卵生爬虫類の卵殻が羊皮紙状または石灰質の構造を持つのに対し、胎生種では卵管内の殻腺が退化または活性が抑制され、胚を包む膜は極めて薄い透明な膜へと変化します。この薄膜化は、母体組織と胚の肝外膜が物理的に近接することを可能にし、拡散による物質交換の効率を最大化させます。

胎盤形成の組織学的分類

爬虫類の胎盤は母体の子宮組織と胚の組織が密接に並置されることで形成されますが、哺乳類のような侵襲的な栄養膜の浸潤は見られません。爬虫類に見られる主な胎盤構造は以下の通りです〔Roberts et al.2016〕。

漿尿膜胎盤

胚の尿膜と漿膜が融合した漿尿膜が、子宮壁の上皮と接触して形成されます。主にガス交換および水分・イオンの輸送を担います。

卵黄嚢胎盤

胚の卵黄嚢膜が子宮壁と接触して形成されます。主に脂質などの高分子栄養素の取り込みに関与すると考えられています。組織学的バリアの層数に基づく分類では、爬虫類の多くは上皮絨毛胎盤(Epitheliochorial)型を示します。これは母体側の血管内皮、結合組織、子宮上皮、および胚側の絨毛上皮、結合組織、血管内皮の計6層が維持されている状態を指しまし。しかし、アフリカのスキンク Trachylepis ivensiのように、絨毛突起が母体の毛細血管内皮に直接接触する内皮絨毛胎盤(Endotheliochorial)に近い侵襲性を示す種も存在し、収斂進化の極致を見せています〔Furukawa et al.2014〕。

胎子の管理

胎生爬虫類における母体からの栄養供給は、種によってその依存度が大きく異なります。胎生種の大半は卵黄依存型胎生(Lecithotrophic viviparity)であり、胚の発生に必要なエネルギーのほぼすべてを排卵時の卵黄から得ています。一方で、スキンク科の一部(Mabuya属など)では、産出時の体重が排卵時の卵の重さの数百倍に達することがあり、これは母体からの能動的な栄養供給が行われている証拠です〔Griffith et al.2016〕。閉鎖された卵または母体内で発生する胚にとって、窒素代謝副産物の蓄積は最大の毒性リスクになります。胚発生の初期段階では、多くの爬虫類胚は毒性の低い尿素を主産物として生成し、これを尿膜内に蓄積します。グリーンイグアナの胚では、蓄積された窒素老廃物の約82%が尿素であり、アンモニアや尿酸はわずか数パーセントに過ぎません〔Sartori et al.2012〕。

胎生進化

なぜ爬虫類においてこれほど頻繁に胎生が進化したのかという問いに対し、主に3つの有力な仮説が提唱されています。

寒冷地仮説

この仮説は、低気温環境では地面の温度が胚の発達に適さないため、母体が体内に胚を保持し、行動的な体温調節(日光浴など)を通じて、胚を環境温度よりも高い最適な温度に維持することが生存に有利に働くというものです〔Lambert et al.2013〕。実際、高緯度や高標高に生息する種ほど胎生の割合が高いというデータが、この説を強力に裏付けています。

母体操作仮説

寒冷地だけでなく、熱帯地方における胎生の存在を説明する説です。単に温度を上げるだけでなく、母体が胚にとって最も安定した状態を提供しているという考え方です〔Lambert et al.2013〕。

利己的な母親仮説

近年のコモンリザード(Zootoca vivipara)を用いた研究から提唱されました。選択は子の利益だけでなく、母親自身の生存と将来の繁殖成功を最大化するように働くという視点になります〔HorreJ et al.2021〕。胎生は妊娠期間が長く、母親の生存リスクを高めるため、むしろ環境リスクの低い安定した地域において胎生が維持されやすいと主張している。これは、従来の寒冷地仮説とは対極にある視点で、繁殖モードの分布を理解する上で重要です。

二峰性繁殖と条件的胎生

イエローベリースリートードスキンクなどの種で見られる二峰性繁殖は、爬虫類の生殖生理がいかに環境に対して塑性的であるかを示しています。特に注目すべきは、通常は胎生である個体が、特定の環境条件下で卵を産み落としたという条件的胎生(Facultative viviparity)の報告です。この卵は、胎生個体が本来持っているはずのない、卵生個体と同様の卵殻形成メカニズムが再活性化された結果で、進化の過程で失われたと思われていた機能が休眠状態で維持されていることを示唆しています。この事実は、獣医学における繁殖管理の予測を困難にする一方で、環境調節が爬虫類の生殖成功にいかに決定的な影響を与えるかを物語っています。

参考文献

  • Cunningham GD et al.Climate and sex ratio variation in a viviparous lizard.Biology Letters13(5):2017
  • Furukawa S et al.A Comparison of the Histological Structure of the Placenta in Experimental Animals.J Toxicol Pathol27: 11–18.2014
  • Gao W et al.Genomic and transcriptomic investigations of the evolutionary transition from oviparity to viviparity.Proc Natl Acad Sci USA116(9):3646-3655.2019
  • Griffith OW et al.Reptile Pregnancy Is Underpinned by Complex Changes in Uterine Gene Expression: A Comparative Analysis of the Uterine Transcriptome in Viviparous and Oviparous Lizards.Genome Biol Evol;8(10):3226-3239.2016
  • HorreJ et al.Climatic niche differences among Zootoca vivipara clades with different parity modes: implications for the evolution and maintenance of viviparity.Frontiers in Zoology2021
  • James U Van Dyke et al.The evolution of viviparity: molecular and genomic data from squamate reptiles advance understanding of live birth in amniotes.Reproduction47(1):R15–R26.2014
  • Lambert SM,Wiens JJ.Evolution of viviparity: a phylogenetic test of the cold-climate hypothesis in phrynosomatid lizards.Evolution67(9):2614-30.2013
  • Roberts RM et al.The Evolution of the Placenta.Reproduction152(5):R179-R189.2016
  • Sartori M et al.Nitrogen excretion during embryonic development of the green iguana, Iguana iguana (Reptilia; Squamata).Comparative Biochemistry and Physiology Part A Molecular & Integrative Physiology 163(2):210-214.2012
  • Whittington CM et al.Understanding the evolution of viviparity using intraspecific variation in reproductive mode and transitional forms of pregnancy.Biol Rev Camb Philos Soc97(3):1179-1192.2022

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。