【病気】フェレットの増殖性腸疾患(Proliferative Bowel Disease: PBD)

疾患の定義と重要性

フェレットの増殖性腸疾患(Proliferative Bowel Disease: PBD)は、偏性細胞内寄生細菌である Lawsonia intracellularis (ローソニア・イントラセルラリス)の感染によって引き起こされる、特異かつ重篤な消化器疾患である1。本疾患は、腸管粘膜、特に回腸および結腸の陰窩上皮細胞の未分化な過形成を病理学的特徴とし、その結果として難治性の下痢、著しい体重減少、直腸脱、および成長遅延を呈します〔Cooper et al.1998〕。

獣医学的観点において、PBDは単なる細菌性腸炎の範疇には収まらない特異な病態生理を持ちます。一般的な細菌性腸炎(例えばサルモネラ症や大腸菌症)が粘膜の炎症、壊死、および毒素産生を主徴とするのに対し、PBDは宿主細胞の細胞分裂を異常に促進させ、癌化に類似した組織増殖を誘導するという点で極めてユニークです。この病態は、豚における増殖性腸炎(Porcine Proliferative Enteropathy:PPE)やハムスターの増殖性回腸炎(通称「ウェットテール」)と病因学的および病理学的に同一であり、比較医学的にも重要な位置を占めています〔Pusterla et al.2013〕。

フェレット臨床において本疾患が特に重要視される理由は、その好発年齢が離乳後の急速な成長期(10週齢〜16週齢)に集中している点にあります。この時期の栄養阻害は、フェレットの生涯にわたる体格や免疫機能に不可逆的な影響を与える可能性があるため、早期診断と特異的な抗菌薬療法による介入が不可欠なります。

歴史的経緯と病原体同定の変遷

PBDの原因菌が Lawsonia intracellularis として確定されるまでには、長い混乱の歴史がありました。1980年代初頭、増殖性腸炎を呈したフェレットの病変部から、湾曲した桿菌が観察されました。当時の微生物学的技術の限界もあり、この細菌はその形態的類似性からカンピロバクター属(Campylobacter spp.)、特に Campylobacter jejuni であると推測されていました〔Lennox 2005〕。しかし、C. jejuni を用いた実験感染では、PBDの特徴である「粘膜の肥厚と上皮の過形成」を再現することに失敗し、単なるカタル性腸炎を引き起こすのみでした。この矛盾から、研究者たちは病変部に存在する細菌を「カンピロバクター様微生物(Campylobacter-like organism: CLO)」と呼び、真の病原体の探索を続けました。その後、16SリボソームRNA遺伝子解析などの分子生物学的手法の進歩により、この細菌は硫酸還元菌である Desulfovibrio 属に近縁な新種であることが判明し、1995年に豚の増殖性腸炎の原因菌と同一の Lawsonia intracellularis として正式に分類されました。この発見により、フェレット、豚、ハムスター、馬など多種にわたる増殖性腸炎が、単一の病原体によるものであることが確立されました〔Lennox 2005〕。

Lawsonia intracellularis の特性

Lawsonia intracellularisはグラム陰性菌で、長さ1.25〜1.75 μm、幅0.25〜0.43 μmの小さな湾曲した桿菌であり、組織内ではコンマ状あるいはカモメの翼状に見えることが多いです。かつては鞭毛を持たないと考えられていたが、細胞外環境においては単極の鞭毛を有し、ダーツのような素早い運動性を示すことが確認されています。この運動性は、腸管内腔から粘膜表面の粘液層を通過し、標的となる上皮細胞へ到達するために重要であると考えられています。菌の最大の特徴は偏性細胞内寄生性で、通常の寒天培地や液体培地では一切増殖しませんので、獣医臨床現場における細菌培養検査による診断を不可能にしており、PCRや病理組織検査が診断の主軸となる理由になります〔Karuppannan et al.2018, Pusterla et al.2013〕。細胞内寄生菌であるにもかかわらず、L.intracellularis は宿主外の環境中でも一定期間生存する能力を有します。糞便中において、5〜15℃の条件下では少なくとも2週間感染性を維持すると報告されています〔Karuppannan et al.2018〕。第四級アンモニウム塩やヨウ素系消毒薬に対して感受性を持つが、有機物(糞便)の存在下ではその効果が減弱するため、フェレットの飼育環境においては物理的な清掃が先行されなければならない。

L.intracellularisの遺伝子解析では、豚由来株、馬由来株、ハムスター由来株の間で98%以上の16S rDNA相同性が確認されており、遺伝的には極めて均一です。これは理論上、異種間伝播が可能であることを示唆している。実験的には、豚由来株がハムスターに感染可能であることや、その逆も証明されています〔Pusterla et al.2013〕。フェレットのPBDが、同居する犬や猫、あるいは他のペット(ハムスターなど)から伝播したという明確な疫学的証拠は少ないですが、病原体の特性上、可能性を完全に否定することはできないため、感染動物の隔離は種を超えて徹底されるべきです。

病態生理学

フェレットにおけるPBDの病態形成は、細菌と宿主細胞の極めて洗練された相互作用の結果です。そのメカニズムは、感染症というよりも「感染性の腫瘍形成」に類似した側面を持ちます。経口摂取された L. intracellularis は、胃酸のバリアを通過し、回腸および結腸に到達します。陰窩は著しく延長し、分岐や重層化を伴う「腺腫様(adenomatosis)」の病変を形成し、これが肉眼的な腸管壁の肥厚として観察されます〔Cooper et al.1998〕。

症状

L.intracellularisを保菌していても発症しない不顕性感染個体が存在しますが、以下のストレス要因が加わることで臨床症状が顕在化します。発症すると、慢性的かつ進行性の消耗性疾患が見られます。初期は非特異的ですが、進行すると特徴的な徴候が現れます〔Lennox 2005〕。慢性下痢が最も一般的な主訴ですが、便の性状は多様で、典型的には以下のような特徴があります。胆汁色素が腸内細菌によって還元されずに排出されるため、鮮やかな緑色を呈することが多いです。また、ゼリー状の粘液に血液が混じりますが。豚の増殖性出血性腸炎のような大量出血はフェレットでは稀ですが、便潜血は陽性となることが多いです。吸収不良による大量の水様下痢が起こります。また、結腸および直腸の炎症と肥厚により、排便反射が過敏になり、頻繁にトイレに行くが少量しか出ない、排便時に悲鳴を上げるといった症状が見られます。激しいしぶり腹の結果、直腸粘膜が肛門から反転・脱出します。食欲が維持されているにもかかわらず、背骨や肋骨が浮き出るほどの激しい削痩が進行します。腹部触診により、肥厚して硬くなった腸管(特に結腸)がソーセージ状の構造物として触知されることがあります。

発生

フェレットにおいて、PBDは若齢個体特有の疾患としての傾向が強く、最もリスクが高いのは 10〜16週齢の個体です。これは離乳後の母体移行抗体の消失と、新しい飼育環境への移行時期が重なるためです。成体での発症は稀ですが、6カ月齢以上の成獣でも発症報告があります。これらは通常、リンパ腫や副腎疾患、あるいは免疫抑制療法中などの基礎疾患により免疫機能が低下している個体で見られます。オスのフェレットの方が雌よりも感受性が高い可能性を示唆する報告が存在します。

診断・検査

L.intracellularisは培養が難しいことから、一般的にPCR法で診断することが推奨されます。確定診断は開腹手術または内視鏡による組織診断が、最も確実な診断法になります。H&E染色では 陰窩の過形成、杯細胞の消失、上皮細胞の多層化が見られるが、菌体自体は確認しにくいため、ワーチン・スターリー銀染色により、過形成した上皮細胞の頂端部細胞質に充満する、黒染した小さなコンマ状または螺旋状の細菌(L.intracellularis)が明瞭に可視化されます〔Pusterla et al.2013〕。

治療

PBDの治療は、原因菌の排除を目的とした抗菌薬療法と、消耗した生体を支える支持療法の二本柱で行われます。細胞内寄生菌であるため、細胞内移行性の高い薬剤の選択が必須です。フェレットのPBD治療において、以下の薬剤が推奨される。治療期間は通常 14〜21日間 ですが、症状が改善しても再発防止のために完遂することが重要である。第一選択薬としてクロラムフェニコールが最も実績があり、信頼性の高い薬剤となっています。薬用量は50mg/kg POまたは SC/IM BIDが推奨されています〔Morrisey et al.2017〕。クロラムフェニコールが使用できない場合(副作用、投与困難、飼い主の拒否など)や、耐性が疑われる場合にクラリスロマイシン(12.5mg/kg PO BID~TID)が使用されます。あるいはアジスロマイシン(5〜10mg/kg PO SID)も、組織内半減期が長く、投与回数を減らせる利点があることで使用されます〔Morrisey et al.2017〕。

参考文献

  • CooperDM,Gebhart CJ.Comparative aspects of proliferative enteritis.J Am Vet Med Assoc1;212(9):1446-1451.1998
  • Lennox AM.Gastrointestinal Diseases of the Ferret.Vet Clin North Am Exot Anim Pract7;8(2):213-225.2005
  • Karuppannan AK,Opriessnig T.Lawsonia intracellularis: Revisiting the Disease Ecology and Control of This Fastidious Pathogen in Pigs.Front Vet Sci 9;5:181.2018
  • Morrisey JK,Johnston MS.Ferrets.Exotic Animal Formulary:532–557.2017
  • Pusterla N,Gebhart CJ.Equine proliferative enteropathy – a review of recent developments.Equine Veterinary Journal45:403‐409.2013
  • Pusterla N et al.Lawsonia intracellularis.Equine Infectious Diseases13:316-321.2013

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。