【病気】フェレットにおけるシクロスポリン治療

フェレットにおける免疫抑制療法の現状と課題

フェレットの臨床獣医学において、免疫介在性疾患の管理は日常的に遭遇する重要かつ困難な課題です。特に、炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease: IBD)、純赤芽球癆(Pure Red Cell Aplasia: PRCA)といった疾患群は、過剰な免疫応答や自己免疫機序が病態の中心をなしており、効果的な免疫抑制療法が予後を左右します。

長らく、フェレットの免疫抑制療法においてはプレドニゾロンなどの糖質コルチコステロイドが第一選択薬として使用されてきました。しかし、フェレットは医原性クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)のリスクこそ低いものの、長期的なステロイド投与による筋肉量の減少、皮膚の菲薄化、腹部膨満、そして潜在的なインスリノーマによる低血糖の隠蔽や増悪といった副作用が臨床上の障壁となることが多いです。さらに、ステロイド単独療法に反応しない難治性症例(ステロイド抵抗性IBDやPRCAの急性期)も散見され、より強力かつ作用機序の異なる免疫抑制剤の必要性が高まってきました。

ここで注目されるのが、カルシニューリン阻害薬であるシクロスポリン(Cyclosporine A: CsA)です。シクロスポリンは、T細胞の活性化を選択的に阻害することで強力な免疫抑制作用を発揮し、骨髄抑制のリスクが比較的低いという特性を持つことから、フェレットの重篤な免疫疾患におけるステロイド節約効果を期待できる薬剤として、または救済療法として確立されつつあります。

分子作用機序

シクロスポリンは、真菌 Tolypocladium inflatum から分離された疎水性の環状ポリペプチドであり、その作用機序は細胞内シグナル伝達経路の特異的な阻害にあります。フェレットの免疫病態において中心的な役割を果たすヘルパーT細胞(CD4+)および細胞傷害性T細胞(CD8+)に対し、シクロスポリンは作用します。この機序は、DNA合成を非特異的に阻害する細胞傷害性薬(アザチオプリンやシクロフォスファミドなど)とは異なり、骨髄の造血幹細胞に対する直接的な毒性が低いという利点があります。これは、PRCAのような赤芽球癆の治療において、他の血球系(白血球、血小板)を温存しながら治療を行う上で極めて重要な特性と言えます〔Malka et al.2020〕。

フェレットの生理学的特性と薬物動態

フェレットにシクロスポリンを投与する際、イヌやネコの投与プロトコルをそのまま外挿することは治療失敗のリスクを高めます。これはフェレット特有の解剖学的および生理学的特性に起因します。フェレットは肉食動物であり、成体で約3時間という極めて短い消化管通過時間を有しています。シクロスポリンは脂溶性が高く分子量が大きい物質であるため、小腸での吸収には胆汁酸による乳化とミセル形成が不可欠です。通過時間が短いフェレットでは、従来の「非改変型(Non-modified)」シクロスポリン(植物油基剤)では十分な乳化が行われず、吸収が不完全かつ不規則になる傾向が強いです。これに対し、「改変型(Modified)」シクロスポリン(商品名:アトピカ®、ネオーラル®など)は、マイクロエマルジョン製剤化されており、胆汁の有無にかかわらず消化管液中で即座に微細な粒子(マイクロエマルジョン)を形成します。これにより、通過時間の短いフェレットにおいても、表面積を最大化し、比較的安定した吸収(バイオアベイラビリティの向上)が期待できます。したがって、フェレットにおけるシクロスポリン療法では、必ず「改変型」製剤を選択することが臨床上の鉄則となります。

フェレットは体重あたりの代謝率が高く、肝臓における薬物代謝酵素、特にシトクロムP450(CYP)3Aサブファミリーの活性が高いと考えられます。シクロスポリンは主にCYP3A4(動物ではCYP3A12等)によって代謝され、胆汁排泄されます。この急速な代謝クリアランスのため、フェレットではイヌやネコと比較して、体重あたりの投与量を高く設定し、かつ投与間隔を短く(1日2回)維持する必要があります。単回投与後の血中半減期が短いため、1日1回投与では次回投与直前のトラフ値(C0)が治療域を下回る時間が長くなり、効果不十分となるリスクが高いです〔Huynh et al.2013〕。

適応疾患別の詳細な投与プロトコル

炎症性腸疾患(IBD)および好酸球性胃腸炎

シクロスポリンは、食事療法や抗菌薬療法に反応せず、プレドニゾロン単独ではコントロールできない重症例、あるいはステロイドの副作用が顕著な症例に対して適応となります。改変型のシクロスポリンを4~6mg/kg PO BIDが推奨され、導入期にはプレドニゾロン(1~2 mg/kg, PO, q24h)と併用されることが多いです。治療反応は、臨床症状(食欲、便性状、活動性)の改善および体重増加によって判定します。症状が安定した場合、まずは併用しているプレドニゾロンの減量を優先し、シクロスポリン単剤での維持を目指してください。シクロスポリン自体の減量は、症状の完全寛解が数ヶ月維持された後に慎重に行うべきであり、急激な減量は再燃(flare-up)を招く恐れがあります〔Huynh et al.2013〕。

純赤芽球癆(PRCA: Pure Red Cell Aplasia)

PRCAは、骨髄中の赤芽球系前駆細胞のみが特異的に破壊され、重度の非再生性貧血を呈する自己免疫疾患です。フェレットにおいては特発性のものが多く報告されており、診断時にはPCVが一桁台(例:8%)にまで低下していることも稀ではありません。この疾患は生命を脅かす緊急事態であり、迅速かつ強力な免疫抑制が必要となります。改変型のシクロスポリンを4~6mg/kg PO BIDが推奨され、プレドニゾロン: 2 mg/kg PO q12-24との併用が標準プロトコルになります。シクロフォスファミドまたはアザチオプリン: 追加される場合がありますがが、まずは上記2剤が基本となります〔Malka et al.2020〕。

投与経路と調剤の実際

市販の犬猫用製剤(アトピカ®など)のカプセルサイズ(最小10mg)は、フェレット(特に1kg未満の個体)には過量となる場合や、微調整が効かない場合があります。アトピカ®内用液(100 mg/mL)は濃度が高すぎるため、微量(例:0.05 mL)の正確な計量が困難です。液剤をサイズ4または5の小さなゼラチンカプセルに分注したり、適切な油性基剤(MCTオイルやコーンオイル)で希釈し、フェレットが好むフレーバー(チキン、レバー、フィッシュなど)を添加します。シクロスポリンは非常に苦味が強く、不適切な味付けでは激しい流涎や投与拒否を引き起こします。シクロスポリンは油性環境で安定するため、水やシロップでの希釈は避け、用時調製または安定性が確認された基剤を使用しなければなりません。

通常、シクロスポリンは空腹時投与が推奨されますが、フェレットは頻繁な摂食を必要とする動物であり、特にインスリノーマを併発している場合は絶食が低血糖発作を誘発するリスクがあります。臨床現場では、コンプライアンス維持と消化器症状軽減のため、少量の高嗜好性フード(フェレットバイトや流動食)と共に投与せざるを得ない場合が多いです。餌と共に投与することで最大血中濃度は低下する可能性がありますが、吸収の総量への影響は比較的限定的であるとの見解もあり、むしろ確実に投与できるメリットが優先されます。

副作用

シクロスポリンはアザチオプリンなどの細胞傷害性薬と比較して骨髄抑制のリスクは低いですが、特有の副作用プロファイルを持っています。最も頻繁に認められるのは消化器毒性で、嘔吐、悪心、食欲不振、軟便が見られます。細胞性免疫の抑制により、日和見感染のリスクが上昇します。ブドウ球菌性膿皮症や肺炎、クリプトコッカス症やブラストミセス症などの深在性真菌症の顕在化、インフルエンザウイルスやジステンパーウイルスへの感受性増大などが懸念されます。イヌで見られるような歯肉増殖がフェレットでも発生する可能性があります。重度の場合は摂食障害につながるため、口腔内観察を定期的に行います。

参考文献

  • Huynh M,Pignon C.Gastrointestinal Disease in Exotic Small Mammals.J Exot Pet Med22(2):118–131.2013
  • Malka S et al.Immune-mediated Pure red cell aplasia in a domestic ferret.Journal of the American Veterinary Medical Association237(6):695-700.2020

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。