はじめに
フクロモモンガは近年人気が高まっており、フクロモモンガを雌雄で飼育せざろうえない場合は、望まない子を生まないよう、オスは去勢手術を受けることが重要になります。去勢手術は簡単な手術ですが、手術後のスムーズな回復と自傷行為の防止のためには、解剖学と麻酔・鎮痛法に関する十分な理解が必要です。そして、フクロモモンガの子宮は解剖学的に特殊なため、卵巣・子宮疾患の発生が稀で、卵巣子宮摘出術が選択的手術として行われることは少ないです。
解剖
オス
精巣は陰茎の頭側に下垂した陰嚢内にあります。陰茎は二股に分かれており、排尿は二股の先端ではなく根元から行われます。副生殖腺は大きな前立腺と2対の尿道球腺(カウパー腺)を有します。

陰嚢内には2つの精巣と静索が存在しています。


メス
2つの子宮を持ち、その内側には2つの細長い膣があります。有袋類には、正中膣と2つの側膣があるのが特徴です。側膣は、尿道開口部の高さで別々に尿生殖洞に開口しています〔Vogelnest 2015〕)。尿管は生殖管に沿って正中方向に通っており、生殖器系に非常に近接しています。

雄雌ともに、直腸、生殖管、尿管の末端開口部のある総排泄腔をもっていますが、生殖管と尿管が一緒になっている傍総排泄腔とも言われています。

繁殖生理
季節性多発情期で、現地の繁殖期は6月~11月、発情周期は約29日になります。一夫多妻制で、優位なオスがコロニー内の全ての成熟したメスと交尾します。出産数は通常2頭で、妊娠15~17日後に出産した体重0.2gの赤子の幼体が母親の袋(育児嚢)へ自力に移動します。生後70~74日齢に袋から出てきて(脱嚢)、110~120日齢で離乳するまで巣の中で過ごします。育児嚢には4つの乳首が存在します。

麻酔
去勢手術のための麻酔前には、フクロモモンガは約4時間絶食させる必要があると報告されています〔Pye et al.1999〕)。しかし、低血糖が麻酔に影響を与える懸念があるため、実際は麻酔前の30~60分からの絶食にしています。
フクロモモンガの生理値
オスのフクロモモンガの体重は00~160g、メスは80~130gです。平均心拍数は1分間に200~300回/分、呼吸数は16~40回/分です〔Booth 2000〕。有袋類の代謝は真獣類(胎盤を持つ)哺乳類の約3分の2で、体温は低めになります。そして、総排泄腔の平均温度は32℃と、実際の体温の36.3℃よりも低いのも特徴です〔Johnson et al.2008〕。
フクロモモンガは術後に自傷行為を起こしやすいことが問題になります。これを最小限に抑えるため、マルチモーダル鎮痛が推奨されています。導入はチャンバー内でセボフルランまたはイソフルランによって行われ、酸素とガス2~3%をフェイスマスクを介して維持します。イソフルランに関連する不快な臭いと粘膜への刺激を引き起こすリスクが高いと懸念される場合は、セボフルランを使用することが好ましいとされています〔Guedes et al.2017,Kubiak 2021〕。
ミダゾラム | 0.25~0.5mg/kg IIM SC |
ブプレノルフィン | 0.01~0.03mg/kg SC PO BID 0.05~0.06mg/kg IM |
メロキシカム | 0.2~0.5mg/kg PO SC BID‐SID 3~4日間 |
鎮痛効果を高めるため、局所麻酔も推奨されています。生理食塩水で1:10に希釈したリドカイン1mg/kgを各精巣に分け、精巣柄の基部に直接注入します。処置後、縫合前にブピバカイン1mg/kgをスプラッシュブロックで投与する方法もあります。局所麻酔は、手術部位の自傷行為の発生を減らすために行われます〔Miwa et al.2016〕。メロキシカムは処置後に皮下投与し、その後も1日2回5日間経口投与し、必要に応じてトラマドールを5mg/kg傾向投与も併用して3日間投与します。
スムーズで迅速な回復を促し、休眠のリスクを最小限に抑えるためには、術前の体温維持が不可欠です。フクロモモンガの去勢手術は比較的短時間で済むため、温めた皮下補液(2~3ml)で十分です。
フクロモモンガの自傷行為は珍しいことではなく、ストレスや痛みが原因で起こることが多い。筆者らの経験では、術中および術後に多角的な鎮痛法を講じ、皮膚縫合ではなく組織接着剤で皮膚を閉じ、術後にレーザーを使用し、回復時に餌を与えることで、エリザベスカラーの使用が不要になります。しかし、エリザベスカラーは手術部位の外傷を防ぐこともできます。
去勢手術
去勢は個体数制御のために一般的に行われる比較的単純な選択的処置です。また、自傷行為、特に性器の切除を抑制する方法として去勢が求められることもあります〔Raftery 2015〕。手術はレーザーメスを使用して行うことができ、精巣茎の切断と焼灼を行うため、処置は迅速化され、縫合結紮は不要になります。
レーザーが使用できない場合は、従来の手術を使用できます。透明なドレープを使用すると、心電図ドップラー、直腸温度計、心電図などのモニタリング機器の使用に加えて、患者の視覚モニタリングが容易になります。精索を露出するため、柄に縦切開を行われ、血管と精管を露出させるために鈍的切開を使用します。精索と血管は、組織の抵抗と組織反応を最小限に抑えるため、モノフィラメント縫合材を使用してクランプして結紮し、精巣を切除します。ヘルニアを予防するため、腹筋膜に結紮した茎を縫合します〔Johnson-Delaney 2002,Morges et al.2009,Johnson-Delaney 2010〕。皮膚切開部は組織接着剤で閉じることもできます。あるいは皮膚と精索を切開せずに、外側から縫合してしまうような簡略化した術式もありますが、本方法では必ずエリザベスカラーの装着が必要となります。
卵巣子宮摘出術
この手術はメスの有袋類の生殖構造が独特であるため、あまり頻繁には行われず、通常は選択手術としては行われません。卵巣子宮摘出術の適応には、子宮蓄膿症、腫瘍、その他の生殖病変が含まれます。卵巣子宮摘出術を実施する必要がある場合、嚢の傍正中切開を約1~2cmの長さで行います〔Johnson-Delaney 2021〕。鈍的剥離で白線を見つけ、腹腔に入ります。膀胱を注意深く露出させることで生殖管を視覚化します。卵巣は小さな赤い顆粒状の構造として確認されます。卵巣動脈の卵巣枝を結紮します。子宮を頸管レベルで結紮および切除します〔Johnson-Delaney 2021〕。閉鎖はルーチンで行われ、皮膚の閉鎖は4/0~5/0モノフィラメント縫合材を使用した皮下縫合で行います。
参考文献
- Booth RJ.General husbandry and medical care of sugar gliders.Bonagura J D ed.WB Saunders.Philadelphia.2000
- Guedes SR,Valentim AM,Antunes LM.Mice aversion to sevoflurane,isoflurane and carbon dioxide using an approach-avoidance task Applied Animal Behaviour Science189:91-97.2017
- Johnson R, Hemsley S. Gliders and possums.Vogelnest L,Woods R eds.CSIRO Publishing.Collingwood Victoria.2008
- Johnson-Delaney CA.Reproductive medicine of companion marsupials.Vet Clin North Am Exot Anim Pract5:(3)537-553.2002
- Johnson-Delaney C.Marsupials.BSAVA Manual of Exotics Pets.BSAVA.Gloucester.2010
- Johnson-Delaney C.Sugar gliders 4th edn.Quesenberry KE,Orcutt CJ,Mans C,Carpenter JW eds.Elsevier.St Louis,Missouri.2021
- Kubiak M. Sugar gliders.In: Kubiak M (ed).John Wiley and Sons Ltd.Oxford.2021
- Miwa Y, Sladky KK.Small mammals:common surgical procedures of rodents,ferrets,hedgehogs and sugar gliders. Vet Clin North Am Exot Anim Pract19:(1)205-244.2016
- Morrisey JK, Carpenter JW. Appendix:Formulary, 4th edn. In: Quesenberry K E, Orcutt C J, Mans C, Carpenter J W.Elsevier.St Louis, Missouri.2021
- Morges MA,Grant KR,MacPhail CM A novel technique for orchiectomy and scrotal ablation in the sugar glider(Petaurus breviceps).J Zoo Wildl Med40:(1)204-206.2009
- Ness RD, Johnson-Delaney CA.Sugar gliders 3rd ed. In Quesenberry K E, Carpenter J W (eds).Elsevier.St Louis,Missouri.2012
- Pye GW,Carpenter JW. A guide to medicine and surgery in sugar gliders. Vet Med. 1999; 94:891-905.1999
- Raftery A.Sugar gliders(Petaurus breviceps). Companion Animal20:(7)422-426.2015
- Vogelnest L. Marsupialia(Marsupials).In Miller RE, Fowler ME (eds). St Louis, Missouri: Elsevier; 2015