頭頂眼の概念
トカゲの頭頂眼(Parietal Eye)は、有鱗目(トカゲ、一部のヘビ)やムカシトカゲなど、特定の爬虫類の頭蓋頂部に存在する、特異な光受容器官です。この器官は、外界からの光を受容するものの、明確な画像形成能力を持たない非画像形成型光受容体として機能します。その特異な位置から、古代よりしばしば第三の眼として言及されてきました。頭頂眼の機能の解明は、単なる比較解剖学的な興味に留まらず、変温動物である爬虫類の生理機能、特に環境適応と健康維持の根幹を理解する上で不可欠な要素となっています。トカゲでは、イグアナ、フトアゴヒゲトカゲ、ハリトカゲ、オオトカゲでは頭頂部正中に小型の透明な嚢状構造の円形組織として確認できます。また絶滅した多くの両生類や爬虫類に頭頂眼が発達した種類が多いと言われています。


グリーンイグアナの頭頂眼は発達していますが、フトアゴヒゲトカゲでは未発達あるいは目視できない個体もいます。
進化上の起源と松果体
頭頂眼の最も重要な構造的特徴は、脳内深部に位置する松果体との機能的・発生学的連携にあります。発生学的に見ると、頭頂眼と松果体は、間脳の屋根から発生した共通の起源を持つ器官であり、これらを総称してエピタラマス複合体と呼ばれます。進化の過程において、大昔の生物は四つ目であったと考えられており、二つの側眼が現在の視力を司る眼となり、二つあった頭頂眼の片方が脳の奥へ埋没して松果体となり、もう一方の頭頂眼が多くの生物で退化していったとされています。現代のトカゲにおいて、頭頂眼は外界の光センサーとして機能し、松果体は主に神経内分泌器官として機能しています。頭頂眼を持つ生物では、頭頂部の頭蓋骨に特定の開口部(頭頂孔)が存在し、そのすぐ近くに松果体が存在します。松果体は、セロトニンから誘導されるホルモンであるメラトニンを産生し、日周期に従って睡眠パターンを調節します。したがって、頭頂眼は外部環境からの光情報を松果体へと伝達し、体内の概日リズムを環境光周期に正確に同期させる役割を担っています 。この複合体の機能は、光を感受し、それを内分泌制御へと変換する基本的な生命維持システムであり、爬虫類における概日リズム、生殖サイクル、および内分泌健康の基盤となります。
獣医臨床的関連性
頭頂眼が単なる光の検出器ではないという事実は、獣医学的な爬虫類の飼育管理において極めて重要です。頭頂眼の機能は、行動熱調節(サーモレギュレーション)、概日リズムの確立、生殖サイクル、さらには免疫機能にまで広範に関与していることが示唆されています 。特に、爬虫類は外温動物で、体温調節を行動に依存しているため、頭頂眼が提供する正確な環境光量および光質の情報は、彼らが最適な体温を維持するための意思決定に不可欠となります。飼育下における照明環境や温度環境の不備は、頭頂眼の入力信号を混乱させ、その結果、体温調節の異常や内分泌かく乱を引き起こし、代謝性疾患や感染症に対する感受性を高める直接的な原因となります〔Engbretson et al.1992〕。
トカゲ頭頂眼の解剖生理
頭頂眼が収納されている頭頂孔の開口部に太陽光が直接入射し、物を見ることはできませんが、この特殊な配置も、頭頂眼が主に真上からの日射量や光強度を計測するのに適していることを示唆しています。また、明暗などによる位置や方向感覚にも役立っています〔Ellis-Quinn et al.1991,Nishimura 2020〕。組織学的構造は、側眼の網膜、レンズ、角膜に類似した構成要素を持つあわせますが、画像形成に必要な焦点合わせの機能や、高解像度の空間認識能力はありません。この器官の光受容細胞は、側眼の錐体細胞に形態的に類似しており 、外節膜は陥入し、細胞外腔と連続しているという特徴を備えています〔Engbretson et al.1992〕。形態学的解析の結果、トカゲの頭頂眼には、少なくとも二種類の光受容細胞が存在する可能性が示唆されており 、これは単一の光受容色素だけでなく、複数の光スペクトルに対する感受性を持つ光生物学的な多重システムが存在することを裏付けられています〔Engbretson et al.1992〕。側眼が空間的解像度を追求するのに対し、頭頂眼は、光の総照度、特に上方からの日射量の測定に特化しています。その光受容細胞が錐体細胞に類似した形態を持つことは、頭頂眼が低照度の夜間視覚ではなく、高強度の昼光環境での機能に最適化されていることを示唆しています。 この特化性は、頭頂眼が画像形成能力を犠牲にして、光の強度と質を極めて正確に計測する精密な光量計として機能していることを意味しています。トカゲが日光浴を行う際、頭頂眼は、単に光があるかないかを判断するのではなく、体温調節に必要なエネルギー入力(日光浴)が過剰になり、高体温症のリスクが生じる前に、それを抑制するためのリミッターとして、光量を測定していると理解されています〔Engbretson et al.1992〕。特に昼行性種類によく発達しているのでビタミンD産生などにも関与しているとも言われています〔疋田 2002 〕。
光受容の分子生物学
頭頂眼の光受容細胞には、複数のオプシンが共存しています。特に重要なのは、緑色光感受性オプシンとして発見されたパリエトプシンと、ピノプシンです 。これらのオプシンが光シグナル伝達系を開始することで、トカゲは環境の光情報を取り込み、朝夕の区別、太陽コンパス、さらには磁気受容などの高度な行動制御に関与しています 〔酒井 2012〕。ピノプシンの分子的性質は既に報告されていますが、パリエトプシンの分子特性を明らかにすることで、光受容細胞でのシグナル伝達メカニズム全体の解明が進むはずです。
松果体の機能とメラトニン生成
松果体は頭頂眼と密接に連携し、概日リズムの中核を担う、間脳のエピタラマスに位置する内分泌腺であり、メラトニンを生成します。メラトニンは、日周期に応答して分泌され、睡眠パターンを調節する重要なホルモンです。検出した環境の光周期の情報は、神経経路を通じて伝達され、メラトニン生成が抑制または促進されることで、生体の内部時計が環境に正確に同期されます。 トカゲにおける内分泌制御の研究は、この複合体の機能が、光周期だけでなく、環境温度にも強く依存していることを明らかにしています。トカゲを光周期(LD 12:12)に加え、温度サイクル(サーモサイクル、例:30℃/15℃)に順応させた場合、松果体および血漿中のメラトニンレベルは、単に光周期のみに順応させた場合よりも遥かに強固なリズムを示します〔Firth et al.1987〕。一方で、温度を一定に保ち、光周期のみを提供した場合、メラトニンリズムは著しく減弱するか、あるいは完全に消失します。例えば15℃の一定温度下ではメラトニンリズムは完全に消失することが観察されています〔Firth et al.1987〕。
頭頂眼の機能
複合体が単なる光センサーではなく、熱と光の環境変動を統合的に検知し、時間(概日/季節)を測定する統合センサーとして機能していることは、獣医医学的な臨床管理において、極めて重要です。恒温飼育、特に夜間も昼間と同等の高温度を維持するような環境設定は、野生下ではありえない不自然な環境になります。このような環境は、メラトニンリズムの破綻を直接的に引き起こします 。この内分泌かく乱は、トカゲの生殖サイクルの異常、慢性的なストレスの誘発、免疫機能の低下に繋がり、最終的に代謝性疾患や感染症に対する感受性を著しく高める可能性があります。適切な夜間の温度低下を提供することは、光周期と並んで、内分泌健康維持のための必須条件です。
頭頂眼の最も重要な生理学的機能の一つは、体温調節行動(行動熱調節)の制御にあります。トカゲは日光浴(バスキング)を行うことで体温を上昇させ、最適な代謝活動に必要な至択体温(PBT)を達成します。頭頂眼は環境の光量やスペクトルを精密に感知することで、日光浴の時間と強度を制御する役割を担い、体温が最適範囲内に留まるよう調整を助けます。

頭頂眼切の実験的検証
頭頂眼の機能的な役割を検証するために、頭頂眼切除または遮蔽を行う実験が歴史的に実施されてきました〔Ralph et al.1979〕 。代表的な実験では、頭頂眼を切除したトカゲ(Anolis carolinensisなど)を、15~40℃の温度勾配を持つ実験環境下に置きました。その結果、頭頂眼を切除された個体は、対照群と比較して、実験的な温度勾配下で有意に高い温度を選択する傾向が示され、この過剰な高温選択は、特に日中の大半の時間帯(8:00から12:00を除く)で観察された〔Hutchison et al.1974〕 。この現象は、頭頂眼がトカゲの体温調節において、単なるアクセルではなく、過熱を防ぐための安全ブレーキまたはリミッターとして機能していることを示唆しています。日光浴による熱入力が最適な体温(PBT)を超え、細胞や酵素に損傷を与える可能性のある高体温症のリスクが生じる場合、松果体がその光入力を検出して行動を抑制するシグナルを送ります。松果体の機能が失われると、このブレーキが解除されるため、トカゲは過度に熱源に近づき、長時間バスキングを継続してしまうと考えられています。さらに、頭頂眼の除去や遮蔽は体温調節だけでなく、広範な行動パターンを変容させます 。これらの操作により、トカゲは明るい光への露出が増加し、バスキング時間が延びるだけでなく、恐怖反応が減少するという結果も報告されています。これは頭頂眼が環境光の変化を監視し、捕食者からの危険を感知する、あるいは警戒心を維持する上でも重要な役割を果たしていることを示唆しています。
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参考文献
- Ellis-Quinn BA,Simony CA.Lizard homing behavior:the role of the parietal eye during displacement and radio-tracking,and time-compensated celestial orientation in the lizard Sceloporus jarrovi.Behavioral Ecology and Sociobiology28:397‐407.199
- Engbretson GA et al.Neurobiology of the lacertilian parietal eye systemEthology Ecology & Evolution4(1):89-107.1992
- Firth BT,Kennaway DJ.Melatonin content of the pineal, parietal eye and blood plasma of the lizard,Trachydosaurus rugosus:effect of constant and fluctuating temperature.Brain Res24;404(1-2):313-318.1987
- Nishimura T.The Parietal Eye of Lizards(Pogona vitticeps) Needs Light at a Wavelength Lower than 580nm to Activate Light-Dependent Magnetoreception.Animals(Basel)15.10(3).489.2020
- Ralph CL et al.The Role of the Pineal Body in Ectotherm Thermoregulation.American Zoologist19(1):273-293.1979
- Hutchison VH et al.Thermoregulatory function of the parietal eye in the lizard Anolis carolinensis.Oecologia16(2):173-177.1974
- 酒井佳寿美.トカゲ頭頂眼の光受容体パリエトプシンの光化学的な性質に関する研究. 京都⼤学, 博⼠(理学), 甲第17042号.2012
- 疋田努.爬虫類の生理.爬虫類の進化.東京大学出版会.東京:p34-36.2002

