背景
ウサギのトレポネーマ症(Rabbit Treponematosis)は、一般にウサギ梅毒として知られる、ウサギ目に特有の慢性細菌性感染症です。本疾患は、スピロヘータの一種である Treponema paraluiscuniculi(近年では Treponema paraluisleporidarum ecovar Cuniculus との再分類が提唱されている)によって引き起こされます。1920年にJacobsthalによって初めて記述されて以来、本疾患は実験動物医学、産業動物獣医学、およびコンパニオンアニマル臨床の各分野において、その持続的な感染性と診断上の特異性から重要な管理対象とされてきました。

原因
Treponema paraluiscuniculiはスピロヘータ目トレポネーマ科トレポネーマ属(Treponema)に属し、伝統的に Treponema paraluiscuniculi(旧名 Spirochaeta paralues-cuniculi または Treponema cuniculi)として分類されてきました。グラム陰性菌で、長さ6〜15 µm、幅0.1〜0.2 µmの微細なラセン構造をしています。このサイズは一般的な光学顕微鏡の分解能の限界に近く、通常の明視野検鏡では観察が困難です。暗視野顕微鏡下において、長軸を中心とした回転運動と体をくねらせる屈曲運動を伴う活発な運動性が観察されます。この運動性は粘性のある環境(粘液や組織間隙)での移動に適応しており、組織侵入性の重要な因子となっています。また、 一般的なグラム染色やギムザ染色では染まりにくいため、組織切片内での検出には銀親和性を利用したワーチン・スターリー(Warthin-Starry)染色やレビバディティ(Levaditi)染色などの特殊染色が必要となります。T. paraluiscuniculiは絶対寄生性細菌であり、現在のところ人工培地での培養は確立されていません。
近年の全ゲノム解析技術の進歩により、本菌とヒト梅毒トレポネーマ(T.pallidum)との関係性が詳細に解明されてきました。遺伝子レベルでの比較解析において、T.paraluiscuniculi(Cuniculi A株)と T. pallidum subsp.pallidum(Nichols株)の間の遺伝的同一性は98.1%以上に達します。この極めて高い相同性は、両者が進化的に最近分岐したものであることを示唆しています。しかし、わずか2%未満の遺伝的差異の中に、宿主特異性と病原性の決定的な違いを生む要因が含まれています〔Giacani et al.2004〕 。さらに、2013年にはヨーロッパの野ウサギ(Lepus europaeus および Lepus timidus)から分離されたトレポネーマ(T. paraluisleporidarum ecovar Lepus: TPeL)との近縁性が示され、分類学的な再評価が行われました。これに基づき、ウサギ由来のトレポネーマは Treponema paraluisleporidarum ecovar Cuniculus(TPeC)として再分類されることが提案されています。この新しい分類は、ウサギとノウサギという異なる宿主種における病原体の適応進化を反映したものであり、疫学的観点からも重要です〔Šmajs et al.2011,Giacani et al.2004〕。
梅毒
名称に「梅毒」と冠されていますが、本疾患は人獣共通感染症ではなく、ヒトや他の家畜への自然感染は報告されていません。しかしながら、原因菌である T. paraluiscuniculi は、ヒト梅毒の病原体である Treponema pallidum subsp. pallidum と遺伝的、抗原的、および形態学的に極めて近縁であり、血清学的診断において交差反応を示しています。この生物学的類似性は、ウサギ梅毒を単なる動物の感染症としてだけでなく、ヒト梅毒の病態解明や治療薬開発のためのモデル系としても極めて重要な位置にあります。
発生
本菌はウサギ(Oryctolagus cuniculus)およびノウサギ(Lepus 属)に高い宿主特異性を持ち、他の家畜や実験動物(マウス、ラット、モルモットなど)、およびヒトへの自然感染は成立しません。2~3ヵ月齢未満の幼体で好発しますが、感染後3~6週間までは発症せず、また不顕性感染に移行することも多いのが特徴です〔Cunlif-Beamer et al.1981〕。不適切な環境や免疫低下は発症させる要因となり、梅毒はなぜか寒い時期に発症することが多いです。
感染
感染経路は伝統的に性感染症として認識されてきましたが、近年の知見により非性的な接触による伝播の重要性が再認識されています。
間接感染
環境中での菌の生存能力は極めて低いため、汚染された床敷きや器具を介した間接感染のリスクは、直接接触に比べれば低いものの、新鮮な滲出液が付着した直後の器具等を介した伝播の可能性は完全には否定できません。主に交尾感染でうつりますが、幼体は母ウサギとの接触や産道の中で感染します。感染しているウサギ同士での病変部への接触でもうつります。
性交感染
最も古典的かつ主要な感染経路です。感染したウサギと未感染のウサギの交尾による生殖器粘膜の直接接触によって伝播します。オスとメスの双方が感染源となり得、両性とも同等に高い感受性を持つちます。活動性の潰瘍病変部には多数のスピロヘータが存在するため、交尾による感染率はほぼ100%に近いと考えられています。
母子感染
感染した母ウサギから、授乳やグルーミング(毛づくろい)を通じて子ウサギへ伝播する経路であす。
胎盤感染の否定: ヒトの先天梅毒とは異なり、T.paraluiscuniculi の胎盤通過による胎児への垂直感染の明確な証拠は文献上確認されていません 。したがって、ここでの「母子感染」は出生後の濃厚接触による水平感染の一形態と解釈されるべきです。
若齢抵抗性: 興味深いことに、授乳中の若齢ウサギは感染に対して一過性の抵抗性を示すことが多く、感染しても直ちに発症しないケースが見られます。これは母体からの移行抗体の影響や、性成熟前のホルモン環境、あるいは皮膚粘膜の未熟性などが関与している可能性があるが、詳細は不明です。この現象により、離乳後あるいは性成熟期に達してから初めて臨床症状を発現する「遅発性発症」が多く見られます。
水平感染・非性的直接接触
多頭飼育環境における相互グルーミング、鼻と鼻を合わせる社会的行動、あるいは身を寄せ合って寝る行動によって、顔面部やその他の皮膚へ感染が広がる可能性があります。

症状
数ヵ月から数年にわたり無症状で経過する不顕性感染や潜伏感染が極めて一般的です。血清学的に陽性でありながら臨床病変を認めない血清学的治癒に至らないキャリアが多数存在し、これらは輸送、環境変化、寒冷ストレス、繁殖活動、あるいは他の併発疾患による免疫抑制状態を契機として症状を顕在化させると推測されています。病変は主に生殖器および肛門周囲、そして顔面の粘膜皮膚接合部の皮疹になります。病変の進行ステージは急速に進んで潰瘍化が起こります。丘疹の潰瘍面からの漿液性または膿性の滲出液が乾燥し、厚い、層状の、茶褐色から赤褐色の痂皮を形成します。痂皮の下には不整形の潰瘍が存在し、除去すると出血しやすい状態になっています。慢性化すると、肥厚した皮膚、過角化、および瘢痕が形成され、病変は数ヶ月以上持続します。生殖器および肛門周囲とは、外陰部、包皮、陰嚢、肛門周囲で、発赤や腫脹に加え、特徴的な厚い痂皮が形成されます。重度の場合、排尿・排便障害を伴うことは稀ですが、痛みや不快感により交尾を拒否したり、性欲が減退したりします。

顔面部は、鼻孔周囲、口唇、眼瞼、顎の下に見られます。意外に生殖器よりも顔面に病変が集中する傾向があります。鼻孔周辺の皮膚が肥厚し、痂皮で覆われることで、鼻孔狭窄や鼻粘膜への炎症波及を引き起こすことがあります。これにより、くしゃみや鼻汁などのスナッフルを呈することがあり、呼吸器疾患との誤診を招きやすいです。眼瞼病変では、眼瞼炎や結膜炎を併発し、眼脂が見られることもあります。その他の部位として、四肢の末端、特に足指や爪床にも病変が及ぶことがあります。これは自己グルーミング行動(顔を洗う、陰部を舐める)により、生殖器や顔面から足先へと病原体が播種される結果と考えられています。

人の梅毒とは異なり、T.paraluiscuniculi は通常、内臓臓器(心臓、神経系、骨など)への播種性病変を形成しません。病変は皮膚および所属リンパ節に限局し、活動性や食欲などには影響しません〔Paul-Murphy 1997〕。感染したメスは流産や不妊を引き起こし、子宮内膜炎などの原因となる可能性はあります。
診断・検査
本菌は細菌培養が難かしく、確定診断は血清学的診断あるいは皮膚生検によって採取したサンプルの塗銀染色などで菌の存在を明確にします。しかし、臨床現場では症状と血清学的検査、および治療的診断(抗生物質への反応性)を組み合わせて判断することが一般的です。診断を下すことが、面倒なために、特徴的な痂皮性病変が、生殖器、肛門、顔面の粘膜皮膚接合部に限局して認められるだけで、治療することはよくあります。

人の梅毒と血清学的に類似するため、人用の梅毒の検査で使うRPR(Rapid Plasma Reagin Test:カルジオライピンーレシチン抗原を吸着させた炭素粒子と、患者血清とを混和してできる凝集塊の有無を肉眼で観察する)法による検査キットで診断できます〔Paul-Murphy 1997〕。しかし、生物学的偽陽性の可能性がありますが、ウサギでは比較的特異性が高いとされつ。一方、感染初期(3〜6週間以内)では抗体産生が不十分で偽陰性となるウィンドウ期が存在します。また、治癒後も低力価の抗体が長期間持続することがあります。その他、T.pallidum 菌体成分を抗原とする特異的抗体検査(MHA-TP: Microhemagglutination testなど)はRPRよりも感度・特異度が高く、感染初期から陽性を示す傾向があります。

近年は、病変組織スワブからの遺伝子(PCR)検査が行われています。
治療
T.paraluiscuniculi はペニシリン系抗生物質に対して極めて高い感受性を示します。しかし、ウサギは抗生物質による腸内細菌叢の撹乱(Dyに対して極めて脆弱であり、不適切な薬剤選択や投与経路は致死的な腸性毒血症を招くリスクがあります。したがって、治療は慎重かつ戦略的に行われなければならなりません。ペニシリンGの非経口投与は、ウサギ梅毒治療における世界的なゴールドスタンダードであり、最も確実な効果が期待できます。推奨薬剤はベンザチン・ペニシリンGあるいはプロカイン・ペニシリンGで、薬用量は42,000〜84,000IU/kg SC IM 1週間に1回 通常3週間(計3回)の投与が必要です。病変は通常、治療開始後10〜14日で消失し始めますが、再発防止と完全な除菌のために3回投与が推奨されます。しかしながら、ペニシリンアレルギーへの懸念、注射手技の困難さ、あるいはペニシリン注射によるアナフィラキシーや注射部位反応を避けるため、特に日本の小動物臨床においてはクロラムフェニコールが選択されることがあります〔Paul-Murphy 1997〕。しかし、再発リスクが高いことが示唆されています。いずれの治療後に炎症はおさまりますが、与薬は必ず1~2ヵ月は続けます。皮疹が改善してすぐに休薬すると、再発するウサギが多いです。1~2ヵ月間しっかりと投薬の後、簡易検査で陰性になったことを確認して終了になります。また、感染個体と接触のあった同居ウサギは、無症状であっても不顕性感染している可能性が極めて高いです。再感染を防ぐため、症状の有無にかかわらず、全頭を同時に治療プロトコルに乗せることが強く推奨されます。

環境中での生存能力は極めて低く、宿主の体外では急速に死滅する。乾燥、直射日光、および一般的な消毒薬(アルコール、塩素系漂白剤、第四級アンモニウム塩など)に対して極めて高い感受性を持っています。したがって、環境を介した長期間の汚染リスクは比較的低いとされていますが、湿潤な環境や濃厚接触の場では注意が必要です。
これがポイント
・ウサギ梅雨は性病
・人の梅毒とは親戚の細菌だが、違う細菌
・人にはうつらないが、ウサギにはうつる
・生殖器には異常がなく、顔だけに皮膚病が起こることもある
・PCR検査で診断できる
・改善してもPCRR検査で陰性になったことを確認してから休薬する
参考文献
- Cunliffe-Beamer TL,Fox RR.Veneral spirochetosis of rabbits.Description and diagnosis.Lab Anim Sci311:366-371.1981
- Giacani L et al.Tpr Homologs in Treponema paraluiscuniculi Cuniculi A Strain.Infect Immun72(11):6561–6576.2004
- Paul-Murphy J.Reproductive and Urogenital Disorder.Rabbit.In Ferrets,Rabbits,and Rodents Clinical Medicine and Surgery.Hillyer EV, Quesenberry KE.eds.WB Saunders Company.Philadelphia:202-211.1987
- Šmajs D et al.Complete Genome Sequence of Treponema paraluiscuniculi, Strain Cuniculi A: The Loss of Infectivity to Humans Is Associated with Genome Decay.PLoS One 31;6(5):e20415.2011
- Lukehart SA et al.Roxithromycin (RU 965):effective therapy for experimental syphilis infection in rabbits.Antimicrob Agents Chemother31(2):187-90.1987
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