【手術】オスのウサギの去勢手術とお薦め外科手術器具

はじめに

ウサギは、現代の小動物臨床において犬や猫に次いで重要な位置を占めるエキゾチック・アニマルとなりました 。特にオスウサギの去勢手術(Orchidectomy)は、単なる繁殖制限のみならず、行動学的問題の解消や生殖器疾患の予防を目的として、日常的に実施される外科処置です。しかし、ウサギは高度に特殊化した生理機能と解剖学的構造を有しており、その手術には特有の専門知識と精緻な技術が要求されます。

解剖・生理

ウサギの去勢手術を適切に遂行するためには、その独特な解剖学的特徴を理解することが不可欠です 。ウサギの精巣は、他の多くの哺乳類とは異なるいくつかの生理的特性を有しています 。   

鼠径輪

ウサギの最も顕著な解剖学的特徴は、鼠径輪が生涯を通じて開放された状態にあることです。これにより、精巣は陰嚢と腹腔内を自由に行き来することが可能です。この精巣の引き込みは、低温時や恐怖、保定、他個体との闘争などのストレス下で頻繁に観察されます 。外科的には、この開放された鼠径管が、術後の腸管や膀胱の脱出(鼠径ヘルニア)という重大な合併症のリスク因子となります。

 血管と付随構造

精巣への血流供給は、腎血管から直接分岐する精巣血管によって行われています。この解剖学的経路のため、血管結紮が不十分な場合、出血は後腹膜腔に貯留し、臨床的に腹腔内出血として認識されにくい傾向があります 。また、精巣上体の尾部には顕著な脂肪塊が存在し、これが鼠径管を物理的に閉塞して内臓の脱出を防ぐ役割を果たしています。さらに、陰嚢の皮膚は非常に薄く、皮下組織が乏しいため、外科的操作による炎症や浮腫が生じやすいという特性があります。   

去勢手術の目的

去勢手術の実施は、飼育環境下におけるウサギの福利向上と健康維持に多角的な利点をもたらします。   

繁殖管理と個体群抑制

ウサギは非常に繁殖力が強く、生後3~4ヵ月で性成熟に達します 。複数の個体を飼育する場合、望まない妊娠を防ぐための確実な避妊手段として去勢手術は不可欠です。特に、オスは術後も数週間(最大6~8週間程度)は生殖管内に精子が残存しており、受精能力を維持している可能性がある点に留意しなければなりません〔Perpiñán 2019〕。   

行動学的問題の改善

未去勢のオスウサギは、テストステロンの影響により、スプレー行動(尿による縄張り表示)、過度な攻撃性、マウンティングといった問題行動を示すことが多いです 。これらの行動は、同居動物や飼い主との良好な関係を阻害する要因となります。去勢手術によるホルモン分泌の抑制は、これらの行動を大幅に軽減させ、多頭飼育における個体間の絆形成を容易にします 〔Perpiñán 2019〕。   

疾患の予防および治療

精巣腫瘍や精巣炎などの発生リスクを排除できます。また、停留精巣は腫瘍化のリスクが高いと考えられており、去勢手術による早期の摘出が強く推奨されます。さらに鼠径ヘルニアの修正手術と併せて去勢を行うことで、再発防止を図ることができます〔Perpiñán 2019〕。   

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手術適期

手術を実施する最適なタイミングは、ウサギの身体的発育と臨床的な安全性のバランスに基づいて決定されます。精巣の陰嚢内への下降は通常、生後10~12週間頃に完了します。多くの専門的な文献では、外科的操作の容易さと麻酔リスクの低減を考慮し、生後4~5ヵ月以降を手術の推奨時期としています。この時期になると精巣が十分に発達し、術野での確認が容易になります。3歳以上の個体において去勢を行う場合、潜在的な腎機能障害や循環器疾患の有無を確認するための精密な術前検査が必要です。ウサギは加齢とともに麻酔に対する予備能が低下する傾向があるため、個々の健康状態に応じたオーダーメイドの麻酔計画を立案することが重要です。   

去勢手術の術式

ウサギの去勢手術は、基本的に開放式去勢手術 で行い、アプローチする部位によっていくつかのバリエーションが存在します。開放的な鼠径輪を持つウサギにおいて、最も懸念される合併症になります。腸管や膀胱、大網が脱出すると、絞扼や機能不全を引き起こす可能性があります。その予防として鼠径管を確実に縫合閉鎖することが不可欠です。   

陰嚢切開法

左右それぞれの陰嚢の中央付近を縦に切開する方法です。各精巣を把持し、皮膚を約1cm切開し、  開放式の手順に従い、精巣を摘出します。切開部を縫合あるいは組織接着剤で閉鎖します 。  

前陰嚢切開法

陰嚢の頭側、腹部正中線付近に単一の切開窓を設ける方法です。ペニスの頭側に約1.5cmの皮膚切開を加えます。皮下を剥離し、一方の精巣を陰嚢から同様にもう一方の精巣を処理します。この手法は陰嚢切開法と比較して、術後の浮腫や炎症が少なく、ウサギが傷口を気にするリスクを低減できる利点があります。   

腹腔内アプローチ

停留精巣の症例や、特定の臨床的判断に基づき、腹壁切開を通じて精巣を摘出します。膀胱を翻転し、輸精管を辿って腹腔内に位置する精巣を同定します。   

手術鋼製器具と縫合材料

ウサギの組織は極めて繊細であり、標準的な犬猫用の器具では過度に外傷的となる恐れがあります。そのために微細な操作に適した鋼製器具の選定が推奨されます。      

持針器

オルセン・ヘーガー持針器は、先端に剪刀機能が備わっているため、結紮後の糸切りをスムーズに行うことができ、手術時間の短縮に寄与します。   

組織鉗子

デベーキー血管鉗子やアドソン組織鉗子が適しています。特にデベーキー鉗子は、組織を挫滅させることなく把持できるため、精巣索や薄い鞘膜の操作に理想的です。   

止血鉗子

モスキー止血鉗子は、小型かつ精密で、ウサギの細い精巣索のクランプに最適です。   

剪刀

アイリス剪刀やストラブ剪刀などの眼科用または微細外科用の剪刀は、精緻な組織剥離を可能にします。   

メスハンドル

No.3ハンドルにNo.15またはNo.15cの替刃、あるいはより小型のNo.11刃を使用します。   

縫合糸

組織反応を最小限に抑え、かつ確実な結紮を維持するために、合成吸収性モノフィラメント縫合糸の選択がゴールドスタンダードです。   ポリジオキサノン(PDS)やポリグレカプロン25(モノクリル)が推奨されます。多フィラメント(撚り糸)であるポリグラクチン910(バイクリル)は、組織の通りが粗く、感染の芯となる可能性があるため、避ける専門家もいます。サイズは3-0、4-0、または5-0の細いものを使用します 。   

まとめ

オスのウサギの去勢手術は、単純な外科手技以上に、その特殊な解剖学的構造への深い理解と、ストレスに脆弱な生理機能をサポートする周術期管理が求められる高度な医療行為です 。生後4ヶ月以降の適切な時期に、開放式といった合併症リスクの低い術式を選択し、微細外科に適した鋼製器具と組織親和性の高いモノフィラメント縫合糸を用いることが、獣医学的に推奨されるベストプラクティスとなります。これらの知見を臨床現場に適切に反映させることで、ウサギの安全な去勢手術と、その後の健やかな生活を保証することが可能となります。   

参考文献

  • Perpiñán D.Rabbit neutering.Companion Animal 24(4):217-225.2019

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。