はじめに
ウサギにおける陰茎裂(Split penis:スプリットペニス)は、臨床的には尿道下裂(Hypospadias)として知られる病態です。これは雄性生殖器の腹側(陰茎の下面)において、尿道の形成が不完全になる先天性の異常を指します。通常、尿道は陰茎の先端である亀頭まで到達していますが、この異常がある場合、本来の開口部である外尿道口が陰茎の腹側のどこか、あるいは極端な例では会陰部に位置することになります、尿道口が縦に裂けています。尿道下裂はヒトの小児科学でよく見られる先天異常の一つですが、獣医学領域、特にエキゾチックアニマルの診療においても、あらゆる品種のウサギで発生が報告されています。この病態の本質は、胎生期における尿道溝の閉鎖不全、および前部尿道を形成する組織の発達不全にあります。重症度によって、見た目のわずかな違和感から、排尿障害、不妊、さらには性分化疾患を疑わせる複雑な状態まで、様々な症状を示します〔van der Hors et al.2017,Baskin et al.2006,Halaseh et al.2022〕。

生殖器の解剖学と正常発育
尿道下裂を深く理解するためには、正常な雄ウサギの解剖学的な特徴を知ることが欠かせません。ウサギの体は他の家畜やペットと異なる点が多く、それが診断や合併症の理解に直結するからです。正常な成体のオスのウサギは、円錐形の亀頭を持ち、その先端に丸い外尿道口があります。陰茎は包皮(Prepuce)で完全に守られており、去勢していない成体であれば、下腹部を優しく押すことで陰茎を露出させることができます。尿道下裂がある個体では、この時に腹側の裂け目や、包皮が不完全な形であることが確認されます。包皮は本来、陰茎をぐるりと覆っていますが、尿道下裂の場合は腹側の融合がうまくいかないため、背側と側面だけにフード状に存在することがあります。これはヒトの症例で見られるHooded prepuceと同じような状態です。
尿道海綿体
ウサギの陰茎は、尿道を取り囲む尿道海綿体と勃起を司る陰茎海綿体で構成されています。尿道下裂の本質的な問題は、この尿道海綿体や腹側の結合組織が真ん中でうまくつながらなかったことにあります。単に粘膜がつながらないだけでなく、周囲の海綿体や筋膜も欠けてしまうため、結果として陰茎の裏側が二股に分かれたような見た目になります。そして、ウサギには開放性鼠径管という独特な特徴があり、精巣は自分で腹腔内と陰嚢の間を行き来させることができます。通常、生後12週齢ごろまでには精巣が陰嚢に収まりますが、ストレスや寒さで腹腔内に引っ込んでしまうこともあります〔Higuchi et al.2003〕。 重度の尿道下裂では、精巣が正常に降りてこない潜在精巣(停留精巣)を併発するケースが多く見られます。これはホルモンバランスの乱れが尿道の形成と精巣の下降の両方に影響を与えている可能性を示唆しています。
発生と内分泌
ウサギの生殖器ができる過程は、遺伝子とホルモンによる精密なリレーのようなものです。このプロセスのわずかなズレが、尿道下裂の原因となります。
尿道溝の閉鎖プロセス
胎生期のオスへの分化は精巣から出るアンドロゲンによって進みます。特にテストステロンが体内でより強力なジヒドロテストステロン(DHT)に変換されるプロセスが鍵となります〔van der Hors et al.2017〕。このDHTが受容体に結合することで、尿道の溝が閉じていきます。ウサギの尿道は根元から先端に向かって作られますが、この作業が途中で止まってしまうと、尿道口が手前に残ってしまうのです。
遺伝的要因と家族性発生
特定の家系で尿道下裂がよく見られる場合、遺伝が強く関係していると考えられます。多くの専門書では常染色体劣性遺伝の可能性が指摘されています。
環境要因と内分泌攪乱物質
遺伝だけでなく、環境の影響も見逃せません。妊娠中の母ウサギが内分泌攪乱物質(環境ホルモン(にさらされることで、胎児のホルモンバランスが崩れ、奇形が誘発されるという説が有力です。プラスチックを柔らかくする成分である**フタル酸ジブチル(DBP)は、ウサギの実験で強い抗アンドロゲン作用(男性ホルモンを邪魔する働き)があることが証明されています。Higuchi氏らの研究によると、妊娠中の母ウサギにDBPを投与した結果、17頭中1頭で顕著な尿道下裂や潜在精巣を確認、射精精子数が約43%で減少、テストステロン値も低下、精巣の重量が20〜30%程度減少しました〔Higuchi et al.2003〕。
症状
尿道下裂自体に痛みはありませんが、構造上の問題から二次的なトラブルが起きやすくなります。

性別誤認と行動
見た目がメスの陰門に似ているため、ペットショップなどでメスとして扱われることが多々あります。成長して精巣が見えてきたり、マウンティングやおしっこを飛ばすスプレー行動を始めたりすることで、初めて異常に気づくケースが一般的です。
排尿障害
本来は前方に飛ばすはずの尿が、足元や横に漏れてしまいます。これにより、皮膚に尿焼けが起こり、濡れた毛に細菌が繁殖し、悪臭の原因になります。ひどい場合はハエが卵を産み付ける蠅蛆症のリスクも高まります。重症例では、陰茎が腹側に曲がってしまう**陰茎索(Chordee)が見られることもあります。こうなると、物理的に交配が難しくなり、繁殖能力は失われてしまいます。
治療・管理
外科的な再建は難しいため、二次的なトラブルを防ぐことがケアの中心になります。吸水性の良いペットシーツを使い、常に足元を乾かしてあげましょう。尿がかかる部分の毛を短く刈るのが効果的です。ワセリンや酸化亜鉛のクリームを塗って、尿が直接皮膚に触れないようにガードします。尿道下裂は、他の泌尿器系の異常(潜在精巣や鼠径ヘルニアなど)を伴う症候群として現れることがあります。そのため、最も推奨されるのは去勢手術です。これは、遺伝的な広がりを防ぐためだけでなく、潜在精巣が将来腫瘍化するのを防ぎ、性衝動を抑えて生活環境を清潔に保つためでもあります。
結論
ウサギの尿道下裂は、発生学的なミスや環境ホルモン、遺伝など、さまざまな要因が絡み合って起こる先天性異常です。命に関わる病気ではありませんが、飼い主様には「一生付き合っていく個性」であることを理解していただく必要があります。毎日の衛生管理を丁寧に行えば、他のウサギと同じように幸せに暮らすことができます。ブリーダーの皆様においては、この形質を次世代に残さないよう、罹患した個体やその血縁個体を繁殖から外すことが、ウサギ全体の健康を守るために重要となります。
参考文献
- Baskin LS,Ebbers MB.Hypospadias: anatomy,etiology,and technique.J Pediatr Surg41(3):463-472.2006
- Higuchi TT,Palmer JS,Gray LE Jr,Veeramachaneni DN.Effects of dibutyl phthalate in male rabbits following in utero,adolescent, or postpubertal exposure. Toxicol Sci72(2):301-13.2003
- Halaseh SA et al.Hypospadias: A Comprehensive Review Including Its Embryology, Etiology and Surgical Techniques.Cureus14(7):e27544.2022
- van der Hors HJR et al.Hypospadias, all there is to know.Eur J Pediatr176(4):435‐441.2017