はじめに
ウサギの卵巣子宮摘出術(Ovariohysterectomy, OHE)は、伴侶動物診療において極めて重要な位置を占める外科手術です。特にメスウサギにおいては、加齢に伴う子宮疾患の発生率が著しく高く、予防的および治療的介入としての術式の確立は、個体の生存期間と生活の質(QOL)を維持する上で不可欠な要素となっています。

摘出術の適応
ウサギの卵巣子宮摘出術の第一の適応は、子宮内膜腺癌の予防です。未避妊の雌ウサギにおいて、子宮腺癌は3歳以上の個体の50~80%に発生すると報告されており、これは伴侶動物の中でも類を見ないほど高い発生率です。 子宮腺癌は進行が遅いものの、肺や肝臓、骨、脳などへ遠隔転移する性質を持ち、臨床症状が現れる頃には予後不良となっているケースが少なくありません 。年齢と疾患リスクの間には明確な相関が認められており、年齢が上昇するにつれて子宮腺癌のオッズは1.826で上昇するとされています 。したがって、2歳未満、理想的には1歳前後での予防的手術が推奨されます。 また、行動学的な観点からも本手術は重要です。避妊手術を施していない雌ウサギは、偽妊娠に伴う乳腺発達や巣作り行動、さらに縄張り意識に起因する攻撃性を示すことがあり、同居個体との闘争を避けるためにも推奨されます。
解剖学的特徴
ウサギの生殖器は、イヌやネコなどの食肉目と比較して、非常に特徴的な構造を有しています。これらの違いを正確に把握していない場合、術中の大量出血や臓器損傷のリスクが高まります。子宮は重複子宮と呼ばれ、左右の子宮角がそれぞれ独立した子宮頚を持ち、共通の子宮体部を形成することなく、個別に腟へ開口しています。この解剖学的特徴は、術式において子宮頚の結紮法を決定する際の重要な要因となります。腟部は非常に長大で弛緩しており、排尿時に尿が逆流して充満するという生理的特性があります。このため子宮摘出後に腟断端からの尿漏出が腹腔内へ及ぶと、化学性腹膜炎の原因となるため、確実な閉鎖が求められます。 卵巣および懸垂組織の特異性卵巣は通常、腎臓の尾側に位置していますが、イヌと比較すると卵巣懸垂靱帯が比較的緩やかであり、術野外への牽引が容易です。しかし、成熟した個体や肥満個体では、卵巣窩や子宮広間膜に多量の脂肪が沈着しており、内部を走行する卵巣動静脈や子宮動静脈の視認を妨げる大きな要因となります。
血管と隣接臓器
卵巣動脈は腹大動脈から直接分枝し、卵巣および卵管を供給します。一方、子宮動脈は腟動脈から分枝し、子宮広間膜内を頭側に走行します 。重要な解剖学的注意点として、膀胱へ血液を供給する尾側膀胱枝が子宮動脈の近傍に存在することが挙げられます。不適切な位置でのクランプや結紮は、膀胱への血流を阻害するリスクを伴います。 さらにウサギは巨大な盲腸を有しており、これが腹腔内の広い範囲を占拠しています。開腹の際、白線の直下に盲腸が位置しているため、腹壁の切開時には組織を十分に挙上し、穿刺を回避する繊細な手技が要求されます 。
推奨外科手術鋼製器具
ウサギの組織はもろい(Friable)と表現されるほど脆弱であり、器具の選択一つが組織の損傷や術後合併症に影響を与えます。
タオル鉗子
ジョーンズ・タオル鉗子には独自の利点があります。クロスアクションでピンセットのように手で握り込むことで先端が開き、離すとスプリングの力で閉じる構造です。ラチェット式(カチカチとロックするタイプ)ではないため、片手で素早く着脱できます。バックハウス型に比べて非常に軽く、小さな術野でも邪魔になりません。特に体重の軽いウサギや鳥類、爬虫類の手術において、器具の重みでドレープが引っ張られたり、組織に負担をかけたりするリスクを軽減できます。先端が非常に鋭いため、ドレープ越しに皮膚を貫通させて固定する際、組織へのダメージ(穿刺孔)を最小限に抑えつつ、強力な保持力を発揮します。
切開・剥離用器具
メス
皮膚および筋膜の切開には、#15刃を装着したメスが一般的に使用されます。ウサギの皮膚は非常に薄いため、指先で皮膚を緊張させながら最小限の力で切開を行う必要があります。
メッツェンバーム剪刀
組織の剥離には先端が鋭利すぎないメッツェンバーム剪刀が適しており、特に子宮広間膜の鈍的剥離においてその性能を発揮します。
把持・牽引器具
アドソン鑷子
組織へのダメージを抑えるため、有鈎鑷子の中でもアドソンタイプやブラウン・アドソン鑷子が多用されます。繊細な皮膚や筋膜を滑ることなく、かつ挫滅させることなく把持することが可能です。
ベビーアリス鉗子
アリス鉗子は、先端が「小さな歯」のような形状で噛み合うようになっています。ラチェット(ロック機構)をかけることで、滑りやすい組織もしっかりと保持できます。しかし、組織への侵襲性: 先端の歯が組織を貫通・圧迫するため、挫滅しても良い組織あるいは摘出する組織に使用するのが鉄則です。切開した筋層を牽引挙上に使用します。
止血および結紮用器具
モスキート止血鉗子
血管の仮止めや圧挫には、モスキート止血鉗子が標準的です。特に卵巣動静脈のような細い血管の処理には、その小型の先端が適しています 。
持針器
縫合にはマチュー持針器またはヘガール持針器が選ばれます。マチュー持針器はペンチのような形状をしており、手のひらで包み込むパームグリップで操作するため、連続縫合など迅速な操作が求められる皮膚縫合に適しています 。一方、ヘガール持針器は指をかけて使用するため、より精密な角度調整が必要な腹腔内での結紮操作に向いています 。
ドゥベーキー血管鉗子
卵巣動静脈の処理卵巣を牽引する際、子宮広間膜を鈍的に穿刺して窓を作ります。血管鉗子を血管に対して垂直に入れ、卵巣動静脈を確実にクランプしたり、子宮広間膜の血管処理に使用されます。ウサギ特有の注意点(ピットフォール)として、組織の脆弱性ウサギの血管壁は薄く、血管鉗子のロックを強く締めすぎると血管自体を切断してしまうことがあります。必要最小限のクリック数で固定し、組織を強く引っ張らないようにします。
。盲腸の回避術野に盲腸が露出しやすいため、血管鉗子を閉じる際は、先端に盲腸の壁を巻き込んでいないか必ず目視で確認してください。
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周術期管理と麻酔プロトコル
ウサギは被食動物としての本能から、ストレスに対してカテコールアミンの過剰放出を起こしやすく、それが心停止や胃腸うっ滞を誘発する一因となります。 術前準備と安定化術前の検査として、血液検査(CBC、生化学)およびX線検査を実施し、全身状態を把握します。脱水が認められる場合は、術前に120mL/kg/日を基準とした補液を行い、循環動態を改善させます。なお前述の通り、ウサギは嘔吐をしないため長時間の絶食は不要であり、術直前まで牧草や野菜を摂取させることが、術後の消化管運動を維持するために極めて重要です。 麻酔導入と維持麻酔管理には、気道確保が容易な喉頭マス(v-gel)の使用が推奨されます。ウサギの気管挿管は解剖学的に難易度が高く、喉頭浮腫のリスクがあるため、v-gelは安全な人工呼吸とガス麻酔維持を可能にするデバイスとして優れています。麻酔薬としてはイソフルランまたはセボフルランが一般的に用いられ、術中の酸素飽和度や心拍数、体温のモニタリングを徹底します。
ウサギの避妊手術における保定(四肢の固定)については、獣医師の術式や麻酔管理の考え方によって意見が分かれます。四肢を固定する(縛る)場合多くの病院では、術野の安定確保のために軽く固定する方法が採用されています。体幹が動かないため、正中切開や卵巣・子宮の牽引がスムーズに行えます。四肢を固定しない(縛らない)場合呼吸管理や身体への愛護的観点から、あえて固定しない、あるいは最小限にするスタイルです。仰向け(背臥位)は内臓の重みで横隔膜が圧迫され、ウサギにとっては呼吸が苦しい姿勢です。固定しないことで、胸郭の動きを妨げないようにします。筋弛緩が不十分な状態で万が一覚醒の兆候(キック)があった際、固定されていると逆に背骨を痛めるリスクがあるため、あえて逃げ道を作っておくという考え方です。臨床現場での折衷案最近では、以下のような緩やかな保定が主流になりつつあります。V字クッション(固定台)の使用: 体幹をV字型のクッションに収めることで、紐で強く縛らなくても左右のブレを抑えます。紐で縛るのではなく、四肢をサージカルテープなどで軽く台に貼り付ける程度にします。これなら、強い力が加わった際にテープが剥がれるため、骨折リスクを低減できます。
術式
外科的プロセス手術は無菌的に準備された手術室で行われ、ウサギは背臥位に固定されます。
アプローチと開腹
臍から恥骨の中間に向かって、正中線上に2~4cmの皮膚切開を加えます。皮下組織を鈍的に剥離して白線を露出させた後、アドソン鑷子を用いて白線を垂直に高く挙上します 。このテント状挙上(Tenting)は、直下の盲腸を損傷しないための必須のステップです。 メスを用いて白線に小さな穿刺を加えた後、メッツェンバーム剪刀を用いて切開を頭側および尾側に延長します。腹腔内に入ると盲腸や脂肪組織が見えますが、その深部に位置する左右の子宮角を慎重に探索します 。
卵巣の処理と結紮
子宮角を同定したら、それを頭側に向かって追跡し、卵巣を確認します。ウサギの卵巣は脂肪に埋没していることが多いですが、子宮角を穏やかに牽引することで腹壁外に露出させることができます。卵巣動静脈を含む卵巣索にドゥベーキー血管鉗子を使ってクランプをかけ、3-0または4-0の吸収性モノフィラメント縫合糸(PDSやモノクリール)を用い、全周結紮および貫通結紮を施します。結紮を締め込むタイミングに合わせて、鉗子のロックをゆっくりと解除します。この際、組織を弾くと血管が裂けるリスクがあるため、愛護的に操作します。結紮が確実であることを確認し、卵巣を分離切断します。この際、卵巣組織が100%摘出されていることを視認することが、術後の発情行動や疾患再発を防ぐために不可欠です。そして、止血確認鉗子を外した後は、必ずその部位をガーゼで抑え、数秒間観察して出血がないことも確認します。ウサギは術後の腹腔内出血が致命的になりやすいため、慎重な確認が求められます。
子宮広間膜の処理
子宮角を尾側に牽引しながら、子宮広間膜を展開します。ここには多量の脂肪と蛇行した血管が含まれているため、不適切な処理は術中出血の主な原因となります。電気メスを使用することで、脂肪組織を凝固させながら迅速に切断することが可能です。電気メスがない場合は、ウ子宮広間膜には脂肪が沈着しやすいため、血管の視認性が悪い場合があります。多点把持: 脂肪が厚い場合は、無理に一括で結紮せず、血管鉗子で数箇所に分けて把持・切断を繰り返します。
子宮頚および腟の処理
ウサギの術式において最も議論されるのが、子宮頚をどこで切除するかという点です。単純に子宮角を子宮頚の手前で結紮する手法もありますが、残存した子宮頚組織が将来的に腫瘍化するリスクを考慮し、現在では二つの子宮頚を含めて腟の一部を切除することが推奨されています。 膀胱を尾側に反転させ、尿管の走行を確認し、これらを結紮部位から遠ざけます。長大な腟部をクランプし、3-0 PDS等を用いて貫通結紮を施します。結紮が完了したら、腟を分断します。この時に腟内に充満している尿が腹腔内に漏れないよう、あらかじめガーゼで周囲を保護(パック)するか、吸引を行います。
閉腹
残された断端(卵巣索および腟断端)からの出血がないことを確認します 。必要に応じて、生理食塩水による腹腔内洗浄を行います。
3-0または4-0の吸収性モノフィラメント糸を用い、十字縫合(Cruciate suture)または単純連続縫合で閉鎖します 。ウサギの腹圧は思いのほか強いため、十分な強度を持たせます。 皮下組織の縫合は死腔を減らすため、細い吸収性糸で連続縫合を行います。 皮膚の縫合は、ウサギは術後に皮膚の糸を気にして咬み切ってしまうことが多いため、外側に糸が出ない埋没縫合が推奨されます。これにより、エリザベスカラーによるストレスを最小限に抑えることが可能となります。
術後合併症とリスク管理
ウサギの手術は、手技そのものの難易度以上に、周術期の生理的変動の管理が成否を分けます。
縫合糸の選択と異物反応
ウサギは異物に対して強い炎症反応(肉芽腫形成)を示すことが知られています。特に、かつて一般的に使用されていたクロミックカトグット(Catgut)は、ウサギの組織内で激しい炎症を引き起こし、癒着の原因となるため、現代の獣医療では使用が禁忌とされています。PDSやモノクリールなどの合成モノフィラメント糸の使用が標準です。
結論と今後の展望
ウサギの卵巣子宮摘出術は、単なる不妊手術の枠を超え、高頻度で発生する致命的な子宮腺癌から個体を守るための予防医学的介入としての性格を強く持っています。重複子宮や尿を貯留する腟といった特有の解剖学的構造を深く理解し、専門器具を駆使して愛護的な手術を行うことが、術後の早期回復には欠かせません。また、麻酔技術やv-gelのようなデバイスの普及、さらに埋没縫合による術後ストレスの軽減により、かつては高リスクとされたウサギの避妊手術は、現在では安全性と予後の予測可能性が飛躍的に向上しています。今後も、低侵襲な腹腔鏡下手術の導入などが進むことで、ウサギの周術期QOLはさらに改善していくことが期待されます。
