臨床的特異性
カメレオンはその極めて特殊化した解剖学的構造と生理学的要求により、エキゾチック動物診療において最も専門的な知識を要する患者群の一つと見なされています。獣医学的アプローチにおいて最大の障壁となるのは、カメレオンにおいてはストレスが筆頭にあがります。捕食される側の動物であるため、自身の脆弱性を隠すために、病気や衰弱の兆候を極限まで隠蔽する本能も持っていおり、顕著な体重減少や脱水(眼球陥没など)に気づいた時点では、すでに病態は終末期に近い状態にあることが多く、治療の成功率は著しく制限されています。

ストレスの最小化
身体検査の成否は、物理的な接触を開始する前の環境整備に大きく依存します。カメレオンは環境の変化に対して極めて敏感であり、移動や未知の環境、あるいは不適切なハンドリングは、生理学的なストレス指標(心拍数や血圧の急上昇)を著しく増大させます。もちろん外気温動物であり、その代謝、消化、免疫機能は周囲の環境温度に依存するため、診察室の温度は、その個体の好適温度域を考慮して設定される、身体検査に先立ち、詳細な飼育履歴を聴取することは不可欠です。カメレオンの疾患の多くは不適切な飼育環境(アニマル・ハズバンダリー)に起因するため、ケージのサイズ、紫外線(UVB)照射の有無と強度、温度勾配、湿度管理、食事内容(サプリメントの添加頻度)などの情報は、身体検査で得られる知見の解釈を助けます。

捕獲前の遠隔視診(Distant Examination)
ストレスを最小限にするためにカメレオンに直接触れる前に、ケージや搬送容器内での状態を観察する「遠隔視診」は、身体検査の第一段階として極めて重要です。この段階では、保定による人為的なストレスがかかっていない状態での本来の姿勢や反応を評価できる利点があります。
意識状態と行動の評価
健康なカメレオンは周囲の状況を鋭敏に察知しており、独立して動く眼球で常に環境を走査しています。活発で注意深く、獣医師の接近に気づいている必要があります。無気力、反応の鈍麻、あるいは日中に目を閉じているといった状態は、重篤な全身性疾患の徴候です。枝を掴む握力の強さ、四肢でしっかりと体を支えているかを確認します。カメレオン特有の「ロッキング・ゲイト(揺れるような歩行)」が正常に行われているかも観察対象となります。四肢の震え(テタニー)や、枝から頻繁に落下するなどの報告がある場合は、代謝性骨疾患が強く疑われます。
皮膚色と色彩変化の臨床解釈
カメレオンの皮膚色変化は、単なるカモフラージュを超えた生理学的、情動的メッセージです。臨床的には、以下の色彩変化に注目する。エボシカメレオンやパンサーカメレオンでは、リラックス状態では明るい緑色や青色を呈しますが、ストレスや恐怖を感じると急速に暗色化し、黒ずんだ色に変化します。全身が真っ黒に近い状態(Generalized skin blackening)で反応が消失している場合、末梢循環の不全を伴う極めて予後不良の状態(末期症状)を示唆します。また、脱皮前には皮膚全体が白っぽく不透明になる(Dull color)ため、病的な変色との鑑別が必要です。

保定
カメレオンを物理的に保定する際、最も重要な原則は閉じ込める(Hold)のではなく止まらせる(Perch)ことです。カメレオンは自らの自由が制限されることに強いストレスを感じ、パニックに陥ると自傷や咬傷のリスクが高まりmす。
ゆっくりとした動作
急激な動きは捕食者の攻撃と誤認されるます。落ち着いた自信のある動作で近づくことが、動物の警戒心を和らげます。
パーチ(止まり木)の提供
自分の手や指、あるいは木製のパーチをカメレオンの目の前に差し出し、自発的に登らせるのが理想的です。この際、カメレオンの下から手を差し出すようにすると、威圧感を軽減できます。
四肢の解除
カメレオンを枝から無理に引き剥がしてはいけません。爪や指、あるいは強力な把握力を持つ尾を傷める(骨折や脱臼)恐れがあるためです。尾の先端から順に優しく解き、次に後肢、最後に前肢を外していきます。
身体の支持
体全体を下から掌や腕でしっかりと支え、安定感を与えます。不安定な状態はさらなるパニックを誘発します。

詳細な身体検査や処置のために頭部を固定する必要がある場合は、下顎の基部を親指と中指で保持し、人差し指を頭頂部(カスク)に添えるようにします。カメレオンは攻撃的になると口を大きく開けて威嚇(ガピンス:gaping)が見られます。この際、指を口の前に出さないように注意し、必要に応じてタオルや柔らかい布を用いて視界を遮ることで落ち着かせることができます。万が一咬まれた場合、無理に引き離そうとすると、カメレオンの顎を骨折させたり、人間の皮膚に深い傷を作ったりする可能性があります。少量のアルコールを鼻先に近づけるか、水に浸すことで自発的に口を離させるのが効果的であります。カメレオンは多くのトカゲ類とは異なり、尾の自切を行いません、尾は重要な把握器官で、過度な力をかけると脊椎の損傷を招くため、決して尾だけで持ち上げてはいけません。
観察部位と臨床的徴候
保定が完了したら、頭部から尾にかけて系統的な検査を実施します。一貫したアプローチをとることで、異常の見落としを防ぐことができます。
頭部および眼部の検査
カメレオンの眼は、解剖学的に非常に複雑で、疾患の初期サインが現れやすい部位です。
眼球の陥没
眼球が軌道内に深く沈み込んでいる状態は、重度の脱水や削痩、あるいは衰弱の指標となります。

眼瞼の浮腫と固着
ビタミンA欠乏症(Hypovitaminosis A)では、眼瞼が腫脹し、目が開かなくなることがあります。眼瞼下にケラチン質の破片や膿が蓄積していないかを確認します。
鼻孔とカスク
鼻孔からの分泌物(泡や液体)は呼吸器感染症を示唆します。また、頭頂部の突起(カスク)はエボシカメレオンなどでは水分貯蔵の役割も果たすが、その形状や表面の皮膚の状態も観察します。
口腔内検査と手法
口腔内は、口内炎、代謝性骨疾患による顎の軟化、舌の状態の確認するために極めて重要です。上顎と下顎を用手で強引に開口させることもできます。

威嚇行動の利用
怒らせて口を開けさせる方法は、最も自然でダメージが少なく、開口した瞬間に口腔内を迅速に視認します。
軟性スパチュラの使用
プラスチック製やゴム製のスパチュラ、あるいはアイスの棒(パドルポップ・スティック)などを口角から優しく挿入し、90度回転させることで開口を維持します。金属製の開口器は、端生歯や脆い顎骨を損傷させるリスクがあるため、避けるべきです。
| 構造物 | 正常な状態 | 異常な徴候 |
| 粘膜の色 | 黄色〜灰色(種により異なる) | 蒼白(貧血)、点状出血(敗血症)、鮮紅色(炎症) |
| 歯および歯肉 | 清潔、白く強固 | 歯石、出血、排膿、茶色の変色(歯周病) |
| 舌 | 潤いがあり、柔軟 | 麻痺、腫脹、色の変化、射出不能(MBDや外傷) |
| 唾液の性状 | さらさらしている | 粘り気があり、糸を引く(脱水) |
外皮系の観察
皮膚は全身の健康状態と飼育環境を映し出す鏡です。
脱皮の状況
カメレオンはパッチ状に脱皮するが、指先や尾の先端に残った古い皮膚は成長に伴って血流を阻害し、末梢の壊死を引き起こす恐れがあります。
皮膚病変
腫瘤、潰瘍、異常な変色(紅斑)、外部寄生虫(ダニなど)を走査します。真菌感染症(CANVなど)は、皮膚に黄色や茶色の地殻状の病変を形成することがあります。
水分状態
皮膚をつまんで戻りを確認するスキン・テント試験を行いますが、カメレオンの皮膚はもともと弾力性が低いため、眼球の状態で判断する方が正確です。
骨格・筋肉系の評価
代謝性骨疾患はカメレオンにおいて非常に頻度の高い疾患であり、骨格の触診は必須です。
四肢の変形
長骨の湾曲、異常な腫脹(病的骨折の治癒痕)、および関節の硬い腫脹(痛風)がないかを確認します。

顎の柔軟性
正常な顎は硬いが、MBDの個体ではゴムのように柔らかくなります(Rubber Jaw) 。
筋肉の消失
脊椎の両脇(背筋)、骨盤周囲、四肢および尾の付け根の筋肉量を評価し、ボディコンディションスコア(BCS)を判定します。痩せた個体では、腰骨(骨盤帯)が突出して見えます。

体腔の触診
カメレオンには横隔膜が存在しないため、腹部ではなく体腔と呼ばれます。触診は優しく行う必要があります。
臓器の評価
肥大した腎臓は、骨盤の直前で触知されることがあり、慢性腎疾患の指標となります。また、消化管内の硬い糞便や腫瘤の有無を確認します。
生殖状態
雌の個体では、成熟した卵胞や殻のある卵を触知できます。卵詰まりが疑われる場合は、卵の数、硬さ、および個体の全身状態(怒張した体腔)を評価します。
喉嚢浮腫(Gular Edema)
下顎の下の軟部組織が膨らんでいる場合、過剰なサプリメント摂取による臓器不全(肝臓や腎臓)や、循環器系の障害を示唆する重要な徴候です。
呼吸の観察
異常呼吸
喘鳴、口を開けての努力性呼吸、および頸部の伸展は下部呼吸器感染症(肺炎)を強く疑われます。
呼吸様式
カメレオンは喉を動かす喉頭運動を行いますが、これは必ずしも深呼吸ではありません。真の呼吸は体壁(肋骨)の動きで観察します。
息止めの考慮
ストレス下では数分間呼吸を止めることがあります。
