病態生理と発生機序
一般に下顎突出症と呼ばれる病態は、実際には下顎の過成長ではなく、上顎が相対的に短い上顎短縮症である場合が多いです〔Harcourt Brown.2002〕。先天性不正咬合の根本原因は、頭蓋骨の成長異常にあります。特にドワーフ種などの短頭種では、選択的繁殖により頭蓋骨の全長が短縮されていますが、下顎の長さが正常に維持されるため、相対的に下顎が前方へ突出が生じます。

症状
上下の切歯が接触しなくなり、摩耗の機会を失った歯はそれぞれの固有の湾曲に従って過長します。上顎切歯は本来の湾曲に従い、口腔内を後上方へ巻き込むように伸びてきます。重症化すると硬口蓋や頬粘膜を穿刺し、潰瘍や感染を引き起こすこともあります 。下顎切歯は前上方へ向かって突出します。唇を突き抜け、セイウチの牙(Walrus teeth))のような外観を呈し、食物の摂取を物理的に阻害します。出っ歯という意味からBuck teethとも呼ばれています。その結果、硬い牧草を避け、柔らかいペレットや野菜のみを好むような偏食、 餌を口に入れてもすぐに落としてしまう、あるいは拾い上げることができなくなるような採食困難になります。切歯の不正咬合は、単独で終わることは稀です。切歯が過長して口を完全に閉じることができなくなると、臼歯の正常な摩耗が停止します。口が開いたままの状態で咀嚼運動が制限されると、臼歯の歯冠が伸長してきます〔Legendre et al.2002〕。


発生率
歯科疾患全体の発生率は飼育個体群において非常に高いです。イギリスでの調査では、歯科疾患全体の年間有病率は15.36%と報告されています。このうち切歯の異常は3.14%を占め、若齢で発症するケースの多くは先天性とされています 。統計的にオスはメスよりも1.85倍歯科疾患のリスクが高いというデータもあります。また、牧草の給与量が少ない(餌の75%未満)場合、歯科疾患のリスクは103.5 倍に跳ね上がるため、先天的な素因がある個体において不適切な食餌は病態を劇的に悪化させる要因になります 。
好発品種
好発品種はネザーランドドワーフおよびその交雑種が短頭種の代表種です。また、ホーランドロップやミニロップなどのロップイヤー種も、丸い頭部形状(短頭性)なため、高いリスクを負っています。これらの品種では、小型化を司る遺伝子が上顎骨の短縮と密接に関連していることが示唆されています。下顎突出症の遺伝については、歴史的にいくつかのモデルが提唱されてきました。初期の研究では、単純な常染色体隠性形質として記述されています〔Nachtsheim 1937〕。 隠性遺伝ですが、遺伝子を揃えて持っていても必ず発症するわけではなく、不完全浸透とも報告されています。つまり、この遺伝子は不完全浸透であるため、影響を受けた遺伝子のペアを持つ個体のうち、約81%のみがこの疾患を発症します。遺伝性疾患の不完全浸透の理由は不明ですが、他の遺伝子の作用や環境要因が関与している可能性があります〔Huang et al.1981〕。近年の研究では、遺伝率は約25%と推定されており、多因子的な要因も関与している可能性が示唆されています〔Korn et al. 2016〕。 遺伝的背景が明確であるため、罹患個体およびその血縁個体を繁殖プログラムから除外するべきです。

診断
罹患個体は生後3週齢から発見可能です。歯列不正の遺伝子検査は存在しないため、キャリア動物を特定することは現在不可能です。原因となる遺伝子は特定されていません。

治療
完治させることは不可能であるため、生涯にわたる定期的なトリミング(切削)が最も一般的な保存的療法になります。抜歯は侵襲が強いため、限られた処置になります。
トリミング
高速回転の歯科用ダイヤモンドバーを使用し、過長した歯冠を正常な長さに削ります。なお、爪切りやニッパーによる切断は絶対に行ってはなりません。切断時の衝撃が歯髄を伝わり、歯の垂直破折、歯髄炎、根尖膿瘍、あるいは下顎骨折を引き起こす危険があります。処置の間隔は通常2~8週間(個体差が大きい)で、生涯継続する必要があります。
抜歯
先天性不正咬合に対する長期的かつ根治的な解決策として外科的切歯抜歯術推奨されます。頻繁な通院が困難な場合、あるいは繰り返しのトリミングによるストレスを避けたい場合に限ります。上下計6本の切歯すべてを抜去します 。 全身麻酔下で専用のエレベーター、または 18G/22Gの針を用いて歯周靭帯を円周状に断裂させます。 ウサギの切歯は非常に長く、強固な内側靭帯を持っていますので、歯の曲率に沿って、ゆっくりと一定の力を加えながら回転・挙上させます。抜去後に抜歯窩の底にある歯原細胞を針などで物理的に破壊し、再発を防ぎます。抜歯窩を洗浄し、餌の迷入を防ぐため吸収性糸で縫合して閉鎖します。



]参考文献
- Harcourt Brown F.Textbook of rabbit medicine.Reed Educational and Professional Publishing Ltd.Oxford.2002
- Huang C,Mi M,Vogt D.Mandibular prognathism in the rabbit:discrimination between single-locus and multifactoral models of inheritance.Journal of Heredity72(4):296-298.1981
- Korn AK,Brandt HR,Erhardt G.Genetic and environmental factors influencing tooth and jaw malformations in rabbits.Vet Rec 178:341.2016
- Nachtsheim H.Erbpathologische Untersuchungen am Kaninchen [Investigation of inherited defects in rabbits] Z.indo Abst.u.Vererbgs73:463-466.1937
- Legendre LFG et al.Malocclusions in guinea pigs,chinchillas and rabbits.Can Vet J43(5):385‐390.2002
