外部寄生虫
ウサギは、コンパニオンアニマル、実験動物、および畜産動物として世界中で広く飼育されていますが、その管理において外部寄生虫症は常に深刻な臨床的課題を提示しています。特に耳ダニ(Psoroptes cuniculi)、ツメダニ(Cheyletiella parasitovorax)、ノミ(Ctenocephalides felis)、および疥癬(Sarcoptes scabiei)などの感染は、重度のそう痒、脱毛、皮膚炎を引き起こすだけでなく、ストレスによる消化器疾患の誘発や、二次的な細菌感染症を併発させる要因となっています。
イベルメクチンからスポットオン
伝統的な獣医学的アプローチでは、イベルメクチン等の皮下注射や経口投与、あるいは殺虫剤を用いた薬浴が選択されてきました。しかし、ウサギは環境変化や物理的拘束に極めて敏感な動物で、頻回な注射や保定は動物の福利を損なうだけでなく、飼い主の治療コンプライアンスを著しく低下させる要因となっていました。これに対し、滴下式(スポットオン)製剤は非侵襲的であり、かつ長期間の持続的な薬物放出を可能にする点で、ウサギの臨床現場において極めて有用な代替手段として台頭しています〔Lavy et al.2022〕。

皮膚生理と薬理学的特性
滴下式駆虫薬の有効性は、薬物が皮膚の角質層を透過し、全身循環あるいは皮脂腺等に分布するプロセスに依存します。ウサギの皮膚は他の哺乳類と比較して特有の性質を有しており、これが薬物動態に決定的な影響を及ぼします。
経皮デリバリーの利点と生理的障壁
滴下式投与いわゆる経皮的薬物送達システムは肝臓での初回通過効果を回避し、消化管内のpHや酵素による分解を受けないという利点があります。ウサギの皮膚はラットやマウスよりも経皮吸収率が高い傾向にあり、例えば特定の化学物質の透過性はマウス > ラット/ウサギ > ヒト/ブタの順で高いことが知られています〔Mills et al.2006〕。ウサギの皮膚における薬物透過は、主に毛包や汗腺を介した付属器経路と、角質細胞間を通過する細胞間経路の二つに大別されます。ウサギは毛包密度が高いため、付属器を介した吸収が薬物のバイオアベイラビリティに大きく寄与する可能性が高いです〔Mills et al.2006〕。セラメクチン等の親油性の高い薬剤は、皮脂腺の脂質に溶解して貯留を形成し、そこから数週間にわたって持続的に放出されることで、長期的な駆虫効果を維持します〔DiGeronimo 2016〕。
経皮吸収に影響を与える因子
ウサギにおける薬物の経皮吸収には、個体の年齢、性別、毛密度、さらには水和状態が関与します。特に毛密度が高い個体や皮膚の乾燥が進んでいる場合、薬物の浸透が妨げられる可能性があります。
セラメクチン
セラメクチンはアベルメクチン亜科のマクロサイクリックラクトンで、ウサギにおいて最も広範に研究されている滴下式駆虫薬です。その作用機序は、無脊椎動物の神経および筋肉細胞にあるグルタミン酸作動性塩化物イオンチャネルに結合し、麻痺と死を引き起こすことにあります〔10〕。
セラメクチンの最大の動態学的特徴は、動物種による消失速度の顕著な差異である。犬や猫では1回の投与で1ヵ月以上の有効血中濃度を維持するが、ウサギにおいては代謝が極めて迅速であることが、Carpenterら(2012)による研究で明らかにされています。
| 動物種 | 投与量 | 投与経路 | Cmax(ng/mL) | Tmax(日) | 消失半減期T1/2(日) |
| ウサギ | 10 | 滴下 | 91.7 | 2.0 | 0.93 |
| ウサギ | 20 | 滴下 | 304.2 | 2.0 | 0.97 |
| 犬 | 6 | 滴下 | 86.5 | 3.0 | 11.1 |
| 猫 | 6 | 滴下 | 5513 | 0.6 | 8.25 |
この統計データから示唆されるように、ウサギにおける消失半減期は約1日未満であり、犬(11.1日)や猫(8.25日)と比較して著しく短いです。この迅速な消除は、ウサギの基礎代謝率の高さ、あるいは特有の酵素系による分解を反映している可能性があります。このため、残効性を必要とする外部寄生虫の駆除においては、犬猫よりも頻回な投与スケジュールが求められます〔Carpenter et al.2012〕。
ノミ治療
セラメクチンはノミに対して速効性を示す。20mg/kgの単回投与では、投与後2日目に97.1%の駆除率を達成しますが、薬物の迅速な消失に伴い、9日目には74.2%まで低下し、16日目には13.5%と、再感染を防ぐには不十分なレベルまで減衰します。臨床的には、重度のノミ発生が見られる環境では、週1回、少なくとも3週間の連続投与を行うことが、ノミの生活環を断ち切るために有効であると提唱されています〔Carpenter et al.2012〕。
耳ダニ治療
耳ダニ(耳疥癬)に対するセラメクチンの効果は、ノミに対する成績とは対照的に極めて安定的です。単回投与6mg/kgまたは18mg/kgにより、投与後7日から56日目にかけて、すべての個体で生きたダニが完全に根絶されたことが確認されています。この差異の要因として、耳ダニの生息域(外耳道内の滲出液や痂皮中)におけるセラメクチンの局所濃度が、全身の血漿濃度よりも長期にわたって治療閾値を上回っている可能性が考えられています。病変サイズも投与後7日以内に有意に減少し、重度のそう痒も迅速に消失すしました〔Tom et al.2003〕。
ツメダニ/ヅツキダニ
ウサギツメダニはウサギにおいて歩くフケとして知られています。セラメクチン(6.2~20.0mg/kg)を2〜4週間間隔で1〜3回投与した調査では、80.8%の寛解率が得られており、これはイベルメクチンの皮下注射(81.8%)と比較して統計的に有意差のない、優れた治療成績です〔Mellgren et al.2008〕。また、ヅツキダニの自然感染例における研究では、セラメクチン(15mg/kg)はイミダクロプリド・ペルメトリン混合剤よりも有意に迅速な駆除効果を示しました。セラメクチン投与群では投与後3日目には100%の駆除が完了しましたが、後者の群では100%の駆除までに13日を要しました〔Birke et al.2009〕。この結果は、セラメクチンがウサギの毛幹基部に生息するダニに対しても極めて高い浸透性と殺ダニ能を有することを示しています。
安全性と忍容性
セラメクチンはウサギにおいて極めて高い安全域を持っています。推奨用量の3倍量(18mg/kg)を投与した場合でも、臨床的な副作用や血液学的、生化学的パラメータへの悪影響は認められていません〔Carpenter et al.2012〕。投与部位の炎症や脱毛といった局所反応も稀で、妊娠・授乳期および成長期の個体への応用についても、現時点では重大な禁忌事項は報告されていません。
イミダクロプリドとモキシデクチンの複合製剤
バイエル社によって開発されたイミダクロプリド(10%)とモキシデクチン(2.5%)のスポットオン製剤は、本来犬や猫、フェレット用であるが、ウサギの難治性外部寄生虫症に対しても非常に高い有効性を示しています。イミダクロプリドはネオニコチノイド系化合物で、昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体に作用して神経系を過剰興奮させます。一方、モキシデクチンはミルベマイシン系のマクロサイクリックラクトンで、セラメクチンと同様に塩化物イオンチャネルに作用します。これら二つの作用点の異なる薬剤を組み合わせることで、多種多様な外部寄生虫および一部の内部寄生虫(線虫類)に対して広範なスペクトラムを発揮します。
耳ダニ治療
ハンスら(2005)は、自然感染した14頭のウサギに対し、本製剤(イミダクロプリド40mg+モキシデクチン4mg)を30日おきに3回投与し、その経過を微視的・臨床的に追跡しました〔Hansen et al.2005〕。第30日から第60日の間に駆除率が停滞しているのは、試験個体が環境中のダニ(卵を含む)から再感染したためと推察されています。しかし、第60日の3回目投与後、最終的な第90日の評価では100%の個体で寄生虫学的・臨床的根絶が確認されました〔Hansen et al.2005〕。この結果は、重度の痂皮が形成された「耳キャンカー」の状態であっても、耳道の機械的な清掃を一切行わずに、滴下剤のみで完治可能であることを証明した点で極めて意義深いです。
疥癬治療
ヒゼンダニによる疥癬は、ウサギの顔面、四肢、および外生殖器に重度の角質増殖と掻痒を引き起こします。モキシデクチン滴下投与(1 mg/kg月1回、3ヶ月連続)またはフルララナーとの併用(モキシデクチン1.24mg/kg)により、21日以内に100%の寄生虫学的治癒が得られることが報告されています〔Pan 2011〕。モキシデクチンは非常に高い脂溶性を持ち、ウサギの体脂肪組織に分布して長期間貯留されるため、1回の投与で持続的な効果を発揮しやすいです。実際に、ウサギにおけるモキシデクチンの血漿中濃度は投与後12時間で検出され、約3.8日目にピークに達した後、30日後でも治療濃度を維持することが示されています〔Belykh 2020〕。
フィプロニル
ウサギの外部寄生虫治療における最も重要な注意事項は、フィプロニル(フロントライン等)の使用を厳禁することです。犬や猫では極めて安全な薬剤であるが、ウサギに対しては特異的に強い神経毒性を示します。フィプロニルはフェニルピラゾール系に属し、GABA-A受容体およびグルタミン酸作動性塩化物イオンチャネルの非競争的アンタゴニストとして作用する。昆虫の受容体に対する結合親和性は、一般的な哺乳類(犬、猫、ヒト)と比較して数百倍高いことが、その安全域の根拠となっています。しかし、ウサギにおいては以下の二つの要因により、この選択性が失われます。ウサギの経皮吸収率はラットの約10倍に達し、全身曝露量が容易に中毒域に達します(皮膚吸収率の高さ)〔d’Ovidio et al.2022〕。そして、ウサギの中枢神経系におけるGABA受容体が、他の哺乳類よりもフィプロニルに対して高い親和性、あるいは脆弱性を有している可能性が示唆されています。フランスのANSES(食品環境労働衛生安全庁)の報告によれば、2021~2022年の間に報告されたウサギの有害事象のうち約1/3がフィプロニルに関連しており、そのうち約半数が重篤化または死亡しています〔anses〕。フィプロニル中毒の臨床経過は特徴的で、しばしば投与から発症までに時間差が生じます。急性期(1〜5日)は、食欲不振、嗜眠、消化管うっ滞、軽度の振戦がみられます。遅延期(数時間〜20日後)では、突然の全身性強直間代発作、角弓反張、急死することがあります。この遅延発症は、親化合物であるフィプロニルが皮下脂肪に蓄積され、その後代謝されたフィプロニルスルホンが長期間血中に残留することに起因すします。フィプロニルスルホンは親化合物よりも哺乳類のGABA受容体遮断能が6〜20倍も強力であり、これが遅れて神経系を襲うことで致命的な発作を誘発します〔d’Ovidio et al.2022〕。
中毒例の救急管理
誤投与が判明した場合、直ちに局所を洗浄することが最優先されます。投与から48時間以内であれば、界面活性剤を含む洗剤(食器洗い用洗剤等)での複数回の洗浄により、かなりの量の薬剤を除去できます。発作が生じた場合、ジアゼパム(3mg/kg IV/IM)またはミダゾラム(0.5mg/kg IV/IM)の投与が推奨されます。これらはGABA受容体の機能を促進することで、フィプロニルの遮断作用を拮抗する役割を果たします。長期管理にはレベチラセタム(20mg/kg PO tid)が有効です。投与から3週間は発作リスクが継続するため、入院または厳密な在宅監視が必要となります。
滴下式駆虫薬のデメリット
経口摂取リスク: ウサギは頻繁にグルーミングを行う。滴下部位に直接口が届く、あるいは同居個体が舐めることで、薬剤を多量に経口摂取し、胃腸障害を引き起こす可能性があります。これを防ぐため、投与後は速やかに乾燥させるか、一定時間の隔離が必要となります。皮膚疾患(重度の皮膚炎、浮腫、感染)がある部位では吸収が予測不能になることがあります。また、個体の脱水状態も経皮吸収速度に影響を及ぼします。
参考文献
- anses.fr/en/content/antiparasitics-containing-fipronil-are-toxic-rabbits
- Belykh IP.Pharmacokinetic Characteristics of the Drug Based on Moxidectin for Young Stock and Small Breed of
Domestic Animals.World Vet J10(2):231-236.2020 - Birke LL et al.Comparison of Selamectin and Imidacloprid plus Permethrin in Eliminating Leporacarus gibbus Infestation in Laboratory Rabbits (Oryctolagus cuniculus).J Am Assoc Lab Anim Sci48(6):757-762.2009
- Carpenter JW et al.Pharmacokinetics,efficacy,and adverse effects of selamectin following topical administration in flea-infested rabbits.Am J Vet Res73(4):562-566.2012
- DiGeronimo PM.Therapeutic Review:Selamectin.Journal of Exotic Pet Medicine25(1):p80-83.2016
- d’Ovidio D,S Cortellini S.Successful management of fipronil toxicosis in two pet rabbits.Open Vet J12(4):508-510.2022
- Hansen O et al.Efficacy of a Formulation Containing Imidacloprid and Moxidectin Against Naturally Acquired Ear Mite Infestations
(Psoroptes cuniculi) in Rabbits.Intern J Appl Res Vet Med3(4).2005 - Mellgren M,Bergval K.Treatment of rabbit cheyletiellosis with selamectin or ivermectin: A retrospective case study.Acta Veterinaria Scandinavica50(1):1.2008
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- Tom TL et al.Efficacy and safety of topical administration of selamectin for treatment of ear mite infestation in rabbitsSeptember 2003Journal of the American Veterinary Medical Association223(3):322-324.2003
