【生理】ウサギの栄養学

栄養学的特殊性

ウサギは、げっ歯目とは異なるウサギ目に属する草食動物です。この分類学的特殊性は、ウサギが高度な繊維質処理能力を持つ後腸発酵動物として進化したことを示しており、その栄養要求の基礎を決定づけています。ウサギの食餌管理は、その独特な消化管生理学を深く理解することに基づいて行われなければならず、他の小動物(特にげっ歯類)の栄養基準を適用することは、重大な健康問題を引き起こす可能性があります。

後腸発酵

ウサギは、胃と小腸を通過した食渣を大腸(結腸)と盲腸で処理する後腸発酵動物であり、盲腸は消化管全体の約4割を占めるほどに大きく、発酵槽の役割を担っている。このシステムの核心は、大腸に存在する特殊な機能領域である正円小嚢になります。ウサギの消化システムは独自の進化を遂げており、近位結腸部分に備わっている結腸分離機構(Colonic Separation Mechanism)によって、摂取された食物を構造性繊維(消化されにくい長い繊維)と消化性成分(可溶性炭水化物、タンパク質など)とに選択的に分離し、排泄経路を決定する重要な役割を担っています。この分離機能により、構造性繊維は迅速に糞便(硬糞)として排出され、消化管の膨満を維持し、内容物を入口から奥へと移動させる蠕動運動を促すための重要な物理的刺激源として機能します。一方、栄養価の高い消化性成分は、盲腸へ逆流し、ここで膨大な数の微生物叢によって発酵されます。この選択的排泄メカニズムの円滑な動作は、繊維質によって大腸が適切に膨満し、蠕動運動が正常に維持されることに依存しており、ウサギの消化管運動(蠕動)の維持に不可欠になります。

盲腸便食

盲腸内で微生物発酵が行われる結果、ウサギの主要なエネルギー源である揮発性脂肪酸(VFA)のほか、微生物性タンパク質(アミノ酸)や、水溶性ビタミン(B群およびK)が生成されます 。これらの栄養素は大腸を通過し、独特な柔らかい糞便である盲腸便(Cecotrophs)として形成された後、ウサギがこれを直接肛門から摂取することによって吸収されます(盲腸便食)。 この盲腸便食のプロセスは、ウサギが低品質な牧草からでも、タンパク質を豊富に含む必須栄養素を効率的にリサイクル・吸収できるようにするための進化的な適応である。したがって、繊維質の摂取が不足すると、正円小嚢の分離機能が破綻し、盲腸内の微生物活性の恒常性維持が困難になります。この連鎖反応は、盲腸内のpHバランスの崩壊を引き起こし、結果的に盲腸便の質と生産が低下し、必須栄養素のリサイクルが停止します 。この一連の病態生理学的変化こそが、消化管鬱滞の核心的な原因となります。   

必須栄養素

繊維質

繊維質はウサギの食餌の基盤であり、粗繊維(Crude Fiber, CF)として分析されます。ウサギの維持期(成体)において、食餌の粗繊維含有量は最低18%が必要とされ、推奨範囲は22~25%と非常に高いです。CFが18%未満の食餌は、消化管鬱滞や歯科疾患のリスクを大幅に高めることが知られています。 繊維質は植物において細胞壁を構成するセルロース、ヘミセルロース、リグニンなどの構造性の炭水化物であり、NDF(中性デタージェント繊維)やADF(酸性デタージェント繊維)がその総量または一部を示す指標として用いられます。ウサギの健康維持に最も重要なのは、この構造性繊維の中でも、特に粒子長が長い繊維になります。この構造性繊維が、消化管の膨満を維持し、蠕動運動を物理的に刺激する物理的駆動装置として機能します。

ウサギの消化管の健康は、継続的で適切な蠕動運動に依存しています。構造性繊維の量が不足したり、物理的な粒子長が短すぎたりすると、大腸の物理的刺激が減少し、内容物の輸送速度が著しく低下します。これにより消化管鬱滞が発生する主要因となります。また、繊維質が少なく炭水化物の多い餌は、Clostridium などの細菌の増殖を促し、腸毒素血症(エンテロトキセミア)などの深刻な疾患を引き起こすリスクが高まります。適切な量の構造性繊維は盲腸の環境を安定させ、微生物叢の恒常性を維持する上で不可欠です。

ウサギの切歯と臼歯は継続的に成長します(常生歯)。したがって、適切な機能と健康を維持するためには、絶え間ない摩耗(咬耗)が必要です。繊維質の多い牧草を摂取する際、ウサギは長時間にわたり、複雑な水平運動を含む咀嚼を行います。臼歯の噛み合わせ面に対して適切な咬耗圧がかかり、歯冠の長さが調整されます。

低繊維で高デンプン質のペレットを主体とした食餌は、咀嚼時間を劇的に短縮させるため、臼歯の摩耗が不十分となります。この不十分な摩耗は、不正咬合ならびに鋭利な突起の形成を誘発し、摂食困難、疼痛、そして二次的な消化管うっ滞を引き起こす悪循環の起点となります。

臨床的な要求量と供給源の評価

ウサギの食餌の大部分(80%以上)は、牧草によって構成されるべきです。チモシー、オーチャードグラス、バミューダグラスなどのイネ科牧草は、繊維質が豊富で、比較的カルシウム濃度が低いため、維持期のウサギにとって理想的な繊維源になります。これらは無制限に提供されなければなりません。一方で、アルファルファ(マメ科牧草)は繊維質が豊富ですが、成長期や授乳期を除き、維持期のウサギにとっては高カルシウムかつ高タンパク質であるため、不適切です。ペレットは、必須ビタミンやミネラルを補完する役割を持ちますが、そのエネルギー密度の高さから、一日の食事量の20%以下に制限すべきです。

蛋白質とアミノ酸

ライフステージ粗蛋白質(CP)%目的
維持期(成獣)12~15基本的な代謝と組織維持 
成長期(離乳後)16~20急速な組織構築を支える 
繁殖期(授乳期)18~22エネルギーおよび窒素要求量が最大となる 
表:ウサギの蛋白質質要求量

維持期においては、過剰なタンパク質摂取は避けるべきです。未消化のタンパク質が大量に盲腸に流入すると、異常発酵が起こり、アンモニアや毒性アミンが生成されます。これは腸内細菌叢の不安定化を招き、Clostridium spiroformeによるエンテロトキセミアなどの毒血症リスクを高めます。したがって、成体でCPが18%を超えるような高タンパク質食は避けることが、盲腸環境の安定化のために必須です。

必須アミノ酸とタンパク質の質

単に粗蛋白質の量を満たすだけでなく、アミノ酸組成、特に必須アミノ酸の充足が重要です。必須アミノ酸にはアルギニン、イソロイシン、ヒスチジン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、トレオニン、バリンなどがあり、ウサギはこれらを自力で生産できないため、餌からの摂取が必要です。ウサギの市販飼料において、リジンが最も不足しやすい制限アミノ酸となることが多く、次いで含硫アミノ酸(メチオニン)が重要視されています。リジン要求量は維持期より成長期で高い値を示します。   

盲腸便食による窒素リサイクル

ウサギは餌由来の窒素だけでなく、盲腸便食を通じて内因的に生成された微生物性タンパク質(窒素)をリサイクルします。盲腸内で合成されるこのタンパク質は生物価が高く、特に維持期におけるウサギの窒素バランスに大きく貢献しています。

脂質と脂肪酸

ウサギの粗脂肪(Ether Extract, EE)の要求量は非常に低く、維持期で1.5~3.0%という低いレベルが推奨されています。   

高脂質食の臨床的危険性

脂質は高いエネルギー密度を持つため、ウサギにおける過剰な脂質摂取は、急速な体重増加、肥満を引き起こす主要因となります。高脂質食の最も重大な臨床的危険性は、肝リピドーシス(脂肪肝)のリスクです。肥満状態のウサギが、何らかの理由(消化管うっ滞、疼痛、ストレスなど)で拒食または食欲不振に陥り、長時間の絶食状態となると、体脂肪が急速に動員され、肝臓に大量の脂肪が蓄積します。ウサギにおける肝リピドーシスは予後不良の主要な原因となり、治療には強制給餌を含む適切な栄養摂取と体重管理が不可欠です。

必須脂肪酸

ウサギにはリノール酸などの必須脂肪酸(EFA)が必要であり、約0.5%の摂取が推奨されています。EFAの欠乏は、成長不良や皮膚の鱗状皮膚炎、脱毛などの異常を引き起こす可能性があります。   

ビタミン

脂溶性ビタミン(A, D, E, K)

ビタミンAは上皮細胞の健康維持に必須である。ただし、ビタミンAを極めて大量に摂取すると、頭蓋内圧の上昇や骨の変化、脱毛、食欲不振、繁殖異常(胎児の吸収、流産)などのビタミンA過剰症を引き起こすリスクがあります。ビタミンEは強力な抗酸化作用を持ち、ビタミンKは血液凝固に不可欠な栄養素で、その供給源の多くは盲腸内の微生物によって合成されます。   

ビタミンDとカルシウム代謝

ウサギは皮膚でビタミンD3​(コレカルシフェロール)を効率的に合成しないため、食餌からのD摂取に強く依存しています。ビタミンDは腸管からのカルシウム吸収を促進しますが、他の動物種とは異なり、ウサギのカルシウム吸収は血中カルシウム濃度による厳格なフィードバック制御が弱く、ビタミンDの摂取量が多いと腸管からのカルシウム吸収が過度に促進されるリスクがあります。この過剰な吸収が、結果として腎臓へのカルシウム排泄負荷を増大させるリスクになります。

水溶性ビタミン(B群、C)

ビタミンB群およびビタミンKは主に盲腸内の微生物活動によって合成されます。これらのビタミンは盲腸便食を通じて効率的に吸収されるため 、内因性供給が豊富であり、食餌からの外部供給は必須ではありません。しかし、重度の消化管うっ滞や盲腸便食の停止といった臨床的例外的な状況下では、内因性供給が断たれます。この場合、ビタミンB群の欠乏は、消化管機能が破綻していることを強く示唆しています。ウサギは他の多くの哺乳類と同様に、ブドウ糖からビタミンC(アスコルビン酸)を内因的に合成する能力を持つため、外部からの必須要求は基本的にありません 。   

ミネラル

カルシウム代謝

ウサギのミネラル代謝において、最も獣医学的に重要な特徴はカルシウム(Ca)代謝の特殊性です。ウサギは食餌中のCaを非常に効率的に吸収します(吸収率45~60%程度にもなる)。他の犬などの哺乳類が副甲状腺ホルモン(PTH)や活性型ビタミンDにより腸管からのCa吸収を厳格に制御するのに対し、ウサギのCa吸収は食餌中のCa摂取量に強く影響され、血中Ca濃度も変動しやすいです。血中の過剰なCaは、他の動物種のように糞便ではなく、主に腎臓を通じて尿中に排泄されます(90%以上)。これはウサギ独自のメカニズムであり、高Ca血症になると、腎臓が血中の過剰なCaを積極的に尿中へ排泄しようとします。このメカニズムが、高Ca食を摂取するウサギにおいて、腎臓および尿路に慢性的な負荷をかける原因になります。

尿路結石症とスラッジ形成の病態生理学

ウサギの維持期のカルシウム要求量は0.4~0.8%とされています 。この要求量を超えるCaを慢性的に摂取すると、尿中へのCa排泄量が過剰となり、高Ca尿症を引き起こしませ 。ウサギの尿中Caは、主に炭酸カルシウムの形で存在します。尿中Ca濃度が高すぎると、この炭酸カルシウムが沈殿しやすくなり、その結果、尿路結石、膀胱スラッジといった主要な臨床問題が頻繁に観察されます。

尿石症予防においては、絶対的なカルシウム摂取量を厳しく制御し、0.8%以下に維持することが臨床的に最も重要です。高Ca食の原因特定は、ペレットだけでなく、アルファルファの牧草や高Ca野菜の過剰供給にも起因していることが多いため、維持期ウサギからこれらの高Ca源を意図的に排除することが必須となります。

微量ミネラル

鉄、銅、亜鉛、セレンなどの微量ミネラルは、酵素機能や抗酸化防御に必須です。これらは通常、高品質な商業ペレットからの供給で十分であり、別途サプリメントとして投与する必要性は低いです。

ライフステージ別栄養要求

ウサギの栄養管理戦略は、ライフステージ間の要求量の違いを明確に理解し、適切に対応することにかかっています。成長期には高エネルギー、高タンパク質(CP 16~20%)、高Ca(0.8~1.2%)の食餌が許容されますが、ウサギが性成熟し維持期に入ると、直ちに低エネルギー、低Ca(0.4~0.8%)の食餌へ移行させなければなりません。   

ライフステージ粗繊維(CF)%粗蛋白(CP)%粗脂肪(EE)%カルシウム(Ca)%備考
維持期(成体)18~25(推奨>22)12~151.5~3.00.4~0.8高繊維・低エネルギー
成長期(離乳後)15~1816~202.5~4.00.8~1.2高タンパク・必須アミノ酸に注意
繁殖期(妊娠・授乳)16~2018~223.0~5.01.0~1.5一時的にエネルギー/Ca要求量増加
表:ウサギのライフステージ別主要栄養素要求基

獣医学的な理想的な食餌構成比

維持期のウサギに対する理想的な食餌構成は、繊維質を中心とし、エネルギー密度を厳しく制限する以下の比率が推奨されます。

  • 牧草: 食事量の80%以上。チモシーまたはオーチャードグラスなどのイネ科牧草を無制限に提供します。
  • ペレット: 食事量の5~10%。体重に応じて厳格に計量します。粗繊維(CF)が20%以上、カルシウム(Ca)が0.8%以下、粗脂肪(EE)が3.0%以下の高品質な製品を選ぶことが重要です。
  • 生野菜: 食餌量の10~15%。新鮮な水分と微量栄養素の供給源として利用します。高Ca野菜の多給は避けます。

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。