背景
フトアゴヒゲトカゲは、他の爬虫類と同様に三腔性心臓(2心房1心室)を持つため、酸素化された血液と脱酸素化された血液が心室で混ざり合う可能性があります。心疾患は比較的まれですが、報告例があります。
爬虫類心臓の解剖学的・生理学的特殊性
フトアゴヒゲトカゲの心臓は、他の非ワニ類爬虫類と同様に、二つの心房と一つの心室からなる三腔心臓を特徴としています。心臓は、体腔前部、前肢のレベルにある胸骨下に位置します。この単一の心室は、完全な中隔を持たないものの、筋性隆起(垂直中隔と水平中隔)によって、機能的に三つのサブチャンバーに分離されています。これらのサブチャンバーは、右心房から脱酸素化血を受け取るcavum venosum、左心房から酸素化血を受け取るcavum arteriosum、および肺動脈に血液を送り出すcavum pulmonaleです。心房および心室の収縮がシーケンシャルに起こることで、酸素化血と脱酸素化血の混合が最小限に抑えられ、効率的な全身循環と肺循環が維持されます。しかし、心筋症や弁膜疾患が発生し、この複雑な血流制御メカニズムが破綻すると、血液シャントの異常が生じ、非定型的な全身症状や呼吸器症状として現れる可能性があります〔Silverman et al.2016〕。
有病率
フトアゴヒゲトカゲの心血管疾患に関する後方視的評価(2007年から2022年までの54例)によると、対象となった全個体(1,655例)に対する心血管疾患の有病率は3.3%でした〔Ozawa et al.2024〕。最も多かった診断は心筋炎(n = 14)で、次いで動脈瘤(11)、心膜液貯留(9)、動脈硬化(7)、心外膜炎(7)、心筋変性/壊死(7)でした〔Ozawa et al.2024〕。臨床症状が非特異的であること、および生前に画像診断が実施されたのが限定的であること(54例中21例) を考慮すると、無症候性または診断前に死亡した軽度〜中等度の症例が多く見逃されている可能性が高く、この報告された有病率(3.3%)は、真の発生率を過小評価している可能性があります。そのため、非特異的な体調不良を示すフトアゴヒゲトカゲに対しては、心疾患を常に鑑別診断の一つとして考慮し続けることが臨床的に極めて重要と考えます。

原因と病態生理
フトアゴヒゲトカゲで報告される心疾患は多様であり、特定の病変(例:心筋炎)の明確な単一原因が特定されていない場合が多いものの、病理組織学的診断の分類に基づき、その原因を炎症性、変性性、または構造的異常に分類することができます。
炎症性・感染性疾患
炎症性の心疾患は、フトアゴヒゲトカゲにおいて最も多く報告され、心筋炎や心外膜炎が報告されています。これらの炎症性病変は、細菌、ウイルス、真菌、または寄生虫といった病原体による全身性感染症の二次的な結果として生じることが一般的です。特に、敗血症や重度の全身性炎症が、心筋に炎症を波及させ、心機能の低下を引き起こす可能性が高いです〔Ozawa et al.2024〕。
変性性・代謝性疾患
アテローム性動脈硬化症の報告があり、これは血管内皮下に脂質が沈着し、二次的な線維化が生じる変性性疾患です〔Ozawa et al.2024〕。飼育下における過剰な栄養摂取、高脂肪食、運動不足、および加齢が主要なリスクファクターと考えられます。この硬化症は、主要な血管の弾力性を奪い、心臓への後負荷を増大させ、最終的に心筋肥大や心不全につながります。
心筋変性/壊死および内臓痛風
心筋変性/壊死も報告されており、これは、栄養性疾患(例:ビタミンEやセレン欠乏による筋ジストロフィー)、重度の電解質異常、または慢性的な全身性毒素(腎不全による尿毒症など)が原因で心筋細胞が傷害を受ける病態です。また、高尿酸血症の結果として尿酸塩結晶が心筋や心外膜に沈着する内臓痛風も、心血管系の異常として報告されています〔Ozawa et al.2024〕。
動脈瘤
動脈瘤は11例で確認されており、病理学的には、大血管壁の構造的な完全性が失われ、局所的な拡張が生じる状態を指します〔Ozawa et al.2024〕。血管壁の先天的な弱点や、慢性的な炎症、あるいは血行力学的ストレスが関与していると考えられます。動脈瘤の発生機序には、先に述べた炎症性変化(心筋炎や血管炎)が血管壁を弱体化させ、それが慢性的な血圧ストレス下で動脈瘤として顕在化するという、炎症→変性→構造的破綻という因果関係が存在する可能性があります。
フトアゴヒゲトカゲの心疾患の主要な診断の多くは、心筋炎、痛風、アテローム性動脈硬化症のように、飼育環境や代謝経路に深く根ざした全身性疾患の最終的な表現として現れる傾向があります。この事実は、フトアゴヒゲトカゲの心臓健康を維持するためには、心臓専門薬の使用よりも、環境と栄養の管理が予防および治療戦略の核心となることを示唆しています。
症状
フトアゴヒゲトカゲの心血管疾患の診断は、症状が一貫せず非特異的であるため、極めて困難であるとされています 。一般T根期には活動性の低下ならびに沈鬱になります〔Ozawa et al.2024〕、次いで脱水食欲不振、体重減少と非特異的な症状です〔Ozawa et al.2024〕。呼吸困難は一部でしか見られず、見られる場合は心原性肺水腫の可能性を示すものですが、特にフトアゴヒゲトカゲの心臓が体腔前部に位置するため、著しい心拡大や大量の心嚢液貯留が肺野を物理的に圧迫し、呼吸窮迫を引き起こす可能性も考慮されます。爬虫類は心臓が骨下に位置するため、従来の聴診は困難です。しかし、超音波ドップラーフローメーターを用いた聴診では、34例中5例(14.7%)で不整脈が検出されました〔Ozawa et al.2024〕。
検査・診断
心疾患が疑われる場合、症状の非特異性を克服し、正確な病態を把握するために、画像診断が強く推奨されます。X線撮影は、心臓のシルエットおよび体腔内の配置、また肺野の異常を評価する上で有用です。


心臓超音波検査は、フトアゴヒゲトカゲの心臓構造、機能、および血流を評価する上で最も価値のある非侵襲的な診断ツールです。

心機能の客観的評価
心臓超音波検査によって、心室の寸法や機能パラメータを計算できます。特に、心室面積変化率(FAC, Fractional Area Change)は、フトアゴヒゲトカゲの心室機能の最も一貫した客観的評価指標として確立されています〔Silverman et al.2016〕。FACの低下は、心筋症や重度の心筋炎に伴う収縮不全を示唆します。例えば、心タンポナーデの症例では、心室のFACが3%から4%に著しく低下したことが報告されています。
治療
フトアゴヒゲトカゲの心疾患の治療は、その基礎疾患の多様性(炎症性、代謝性、構造的)を反映し、多面的なアプローチが必要です。爬虫類における心臓薬の薬物動態データは限定的であるため、治療の主体は環境と代謝の是正、および心不全症状の対症療法に置かれます。心筋炎やアテローム性動脈硬化症といった主要な疾患の治療成功の鍵は、全身性疾患の管理能力にあります。炎症性・感染性疾患を疑う場合は抗生物質の長期投与を行います。アテローム性動脈硬化症に対する低脂肪食への切り替えや運動量の増加といった食事管理が必須です。うっ血性心不全と診断されたら、利尿薬や血管拡張薬などを使用します、ピモベンダンなどの薬物が収縮不全型心不全に対して臨床的に使用される例も見られますが、フトアゴヒゲトカゲにおける薬物動態や至適投与量は確立されていません。
参考文献
- Ozawa SM et al.Cardiovascular disease in central bearded dragons (Pogona vitticeps): 54 cases (2007-2022).Am J Vet Res23;85(5):ajvr.23.10.0241.2024
- Silverman S et al.Standardization of the two-dimensional transcoelomic echocardiographic examination in the central bearded dragon (Pogona vitticeps).J Vet Cardiol18(2):168-78.2016
