【解剖】ヒョウモントカゲモドキに膀胱はあるのか?

序論

ヒョウモントカゲモドキは、その温和な性質と飼育の容易さから、世界中で最も一般的に飼育されている爬虫類の一つです。この広範な普及に伴い、獣医学的知見の蓄積が不可欠となっていますが、その基本的な解剖学に関しては、驚くべきことに未解決の曖昧さが残存しています。その中でも、「ヒョウモントカゲモドキに膀胱はあるのか?」という問いは、単純な生物学的質問のように見えて、実際には爬虫類の比較解剖学における深刻な複雑性と、文献間の矛盾を浮き彫りにします。

トカゲの膀胱

ほとんどのトカゲが膀胱を持つと言われていますが、実際は多様で、ヒョウモントカゲモドキにおいても存在すると間違って概念化されています。実際には、トカゲ亜目の内部でさえ、膀胱の存在は様々で、文献によれば、一部のオオトカゲ科、一部のアガマ科(フトアゴヒゲトカゲを含む)、および少数のヤモリ科は、膀胱を欠くか、あるいは痕跡的な膀胱しか持たないことが報告されています〔Wyneken 2013〕。ヤモリ科における内部の変動性は特に顕著で、Beuchat(1986)の研究では、Hoplodactylus pacificusというニュージーランドのヤモリにおいて、驚くべき性的二形が報告されています。この種では、オスは小さな膀胱を持つのに対し、メスは膀胱を完全に欠くことが示されました〔Beuchat 1986〕。この事実は、膀胱の有無が科や属といった高次の分類群でさえ一律ではなく、種レベル、あるいは性別レベルで変動しうることを示しています。

矛盾する証拠

ヒョウモントカゲモドキの膀胱の有無に関する文献は、明確なコンセンサスを欠いており、以下の3つの相反する見解に大別されます。

  1. 一般論としての存在:多くの獣医学的リソースや飼育ガイドラインは、ヤモリが一般的に薄壁の膀胱を持つと記述しています。これらの文献は、ヒョウモントカゲモドキを特定してはいないものの、ヤモリ類全般の解剖学的特徴として膀胱の存在を前提とし、膀胱は非常に薄く、実質的に透明であるため、注意深い解剖においてさえ容易に見落とされる可能性があると言われています。
  2. 臨床研究における「検出不能: 上記の一般論とは対照的に、ヒョウモントカゲモドキを対象とした具体的な臨床解剖学研究は、一貫して膀胱の検出に失敗しています。特に、2018年にCojeanらが実施した健常な雌11個体を用いた詳細な超音波解剖学研究では、他の多くの内臓(肝臓、胆嚢、卵胞など)は明確に視覚化された一方で、膀胱は視覚化されなかったと明確に報告されています〔Cojean et al.2016〕。
  3. 複雑化要因(臨床病理学における「仮定」): 状況をさらに複雑にしているのが、2016年にDeCourcyらが報告した臨床ケースレポートです。この研究では、骨盤腔内の閉塞を起こしたヒョウモントカゲモドキに対しCTスキャンが実施されました。その結果、獣医師らは尿酸塩とコレステロールから成る結石が遠位結腸-総排泄腔の糞洞の内腔または膀胱と言われる場所と仮定していました〔DeCourcy et al.2016〕。

結論

これらの矛盾したデータに基づき、ヒョウモントカゲモドキは、カメやイグアナに見られるような大きく機能的な膀胱を持たず、また完全に欠如しているわけでもなく、臨床画像では日常的に検出できないほど微小な痕跡的な膀胱構造、総排泄腔から突き出した盲目の指のような外袋としてのみ存在し、これは膀胱茎(Bladder stalk)とも呼ばれています。この痕跡的な構造は、進化の過程で膀胱が縮小していった(あるいは完全に発達しなかった)結果であると考えられます。この痕跡的という解剖学的定義は、すべての矛盾を合理的に説明します。すなわち、この構造はあまりにも微小で薄壁(実質的に透明)であるため、標準的な超音波検査では視覚化されません。しかし、解剖学的なくぼみとしては存在するため、尿酸プラグが停留・固化する場となり得り、それゆえ臨床病理学的なCT検査において鑑別診断として仮定されたと思われます。

参考文献

  • Beuchat C.Phylogenetic Distribution of the Urinary Bladder in Lizards.Copeia(2):512.1986
  • Cojean O et al.Ultrasonographic anatomy of reproductive female leopard geckos (Eublepharis macularius).Vet Radiol Ultrasound59(3):333-344.2018
  • DeCourcy K et al.UNSEDATED COMPUTED TOMOGRAPHY FOR DIAGNOSIS OF PELVIC CANAL OBSTRUCTION IN A LEOPARD GECKO (EUBLEPHARIS MACULARIUS).J Zoo Wildl Med47(4):1073-1076.2016
  • Wyneken J.REPTILIAN RENAL STRUCTURE AND FUNCTION.2013 Proceedings Association of Reptilian and Amphibian Veterinarians:p72-78.2013

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。