【解剖】爬虫類の塩腺(イグアナのくしゃみ)

要約

多くの爬虫類、特に海洋環境や乾燥環境に生息する種は、体内の過剰な塩類を排出するために、塩腺(salt gland)と呼ばれる特殊な器官を発達させてきました。腎臓の能力が限られている爬虫類にとって、塩腺は浸透圧調節を維持するための重要な適応です。

はじめに

生物が体内の水分量と溶質濃度を一定に保つ仕組みを浸透圧調節と呼ばれます。陸上で進化した脊椎動物の腎臓は、水分の保持には効率的である一方、高濃度の塩類を尿として排出する能力は限定的です〔Bradshaw 2003〕。そのため、海水のように塩分濃度の高い環境に進出した、あるいは塩分の多い食物を摂取する爬虫類は、腎臓以外の方法で過剰な塩類を排出する必要があります。この課題に対する適応的な解決策が、高濃度の塩類溶液を能動的に分泌する外分泌腺、すなわち塩腺になります。塩腺は、鳥類や軟骨魚類にも見られますが、爬虫類においては複数の系統で独立に進化した収斂進化の好例として知られています〔Schmidt-Nielsen 1965,Dunson 1976〕。

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塩腺の分布と位置

塩腺の存在は、現生の爬虫類ではワニ類、カメ類、有鱗目(トカゲ・ヘビ類)の特定のグループで確認されています。その位置は分類群によって異なり、頭部に集中する傾向があります 〔Dunson 1976〕。

  • ワニ類: イリエワニ (Crocodylus porosus) など汽水域や海水域に生息する種は、舌の表面にある多数の腺(舌腺)が塩腺として機能します。これにより、獲物とともに飲み込んだ海水中の塩分を排出します〔Taplin et al.1981〕。
  • カメ類: ウミガメ類やダイヤモンドガメは、眼窩の近くにある涙腺が巨大化し、塩腺として機能しています。彼らが「涙を流す」ように見えるのは、この腺から高濃度の塩類溶液を排出しているためです〔Schmidt-Nielsen 1965〕。
  • トカゲ類: ウミイグアナや、サバクイグアナなどの乾燥地帯に生息する多くのイグアナ科のトカゲは、鼻腔内に鼻腺と呼ばれる塩腺を持っています。くしゃみのような動作で、濃縮された塩類の結晶を鼻から排出します〔Hazard 2004〕。鼻の孔の周りに付着したり、くしゃみのような症状も見られるので、一見すると鼻炎と間違われることがあります〔Schumacher 2011〕。

  • ヘビ類: ウミヘビ類は、舌下にある後部舌下腺が塩腺として機能しており、舌を出し入れする際に塩類を口外へ排出します〔Dunson et al.1974〕。

構造とイオン輸送メカニズム

塩腺は、その起源(涙腺、鼻腺、舌腺など)に関わらず、類似した組織構造と生理学的メカニズムを持っています。基本的な構造は、多数の分泌細管が集まった葉状構造を呈している。分泌細管の上皮細胞にはミトコンドリアが非常に豊富で、これは能動輸送に大量のエネルギー (ATP) が必要であることを示唆しています〔Peaker et al.1975〕。イオンの輸送メカニズムの鍵となるのは、上皮細胞の基底側膜(血液側)に高密度で存在するNa+/K+-ATPaseとで、このポンプが能動的にナトリウムイオン (Na+) を細胞外へ、カリウムイオン (K+) を細胞内へ輸送することで、細胞内外のイオン勾配が形成されます。この勾配を利用して、他の輸送体が協調的に働くことで、血液中から塩化物イオン (Cl−) などのイオンが細胞内に取り込まれ、最終的に管腔側(分泌側)の細胞膜を通って高濃度で排出されます〔Lillywhite 2008〕。このプロセスにより、血漿よりもはるかに高い濃度の塩化ナトリウム溶液が生成されます。

進化的意義

爬虫類における塩腺の存在は、彼らの生態的・進化的多様性を理解する上で極めて重要です。第一に、塩腺は爬虫類が海洋環境へ再適応することを可能にした主要な要因の一つです。中生代の魚竜や首長竜といった絶滅した海生爬虫類も、その化石から塩腺を持っていた可能性が示唆されています。現生のウミガメ、ウミイグアナ、ウミヘビ、イリエワニなどが海洋生態系で繁栄できるのは、塩腺によって海水中の過剰な塩分を効率的に処理できるためです〔Dunson 1976〕。第二に、陸生、特に乾燥地帯に生息する爬虫類にとっても塩腺は重要でです。サバクイグアナなどの砂漠の草食性トカゲは、カリウム塩を多く含む植物を食べています。彼らの鼻腺は、主に過剰なカリウムイオン (K+) を排出するのに特化しており、水分の損失を最小限に抑えながら体内のイオンバランスを維持するのに役立っています〔Hazard 2004,2001〕。これは、水の確保が困難な環境で生き残るための重要な生理学的適応になります。このように、塩腺は異なる系統の爬虫類が、それぞれ異なる環境(海洋、乾燥地帯)で特有の食性を持ち、生存圏を拡大することを可能にした、進化上の重要な革新であったと言えます。

まとめ

爬虫類の塩腺は、腎臓機能が限られる中で体内の浸透圧を調節するための効率的な器官でです。その位置や主として排出するイオンの種類は分類群や生息環境によって異なるが、Na+/K+-ATPaseを利用した能動輸送という基本的なメカニズムは共通しています。塩腺の獲得は、爬虫類が海洋や乾燥地帯といった極限環境へ進出・適応する上での鍵となる進化であり、爬虫類の生理学的・生態学的な多様性を生み出す原動力の一つとなっています。

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参考文献

  • Bradshaw SD.Vertebrate Ecophysiology:An Introduction to its Principles and Applications.Cambridge University Press.2003
  • Dunson WA.Salt glands in reptiles.In Biology of the Reptilia5.Physiology.Gans AC,Dawson WR eds.Academic Press:p413-445.1976
  • Dunson WA,Dunson MK.Interspecific differences in fluid concentration and secretion rate of sea snake salt glands.American Journal of Physiology-Legacy Content227(2):430-438.1974
  • Hazard LC.Sodium and potassium excretion in nonmarine reptiles.Journal of Experimental Zoology Part A: Comparative Experimental Biology301(9):747-767.2004
  • Hazard LC.Ion secretion by salt glands of desert iguanas (Dipsosaurus dorsalis).Physiol Biochem Zool74(1):22-31.2001
  • Lillywhite HB.Dictionary of Herpetology.Krieger Publishing Company.2008
  • Peaker M,Linzell JL.Salt Glands in Birds and Reptiles. Cambridge University Press.1975
  • Schmidt-Nielsen K.The salt-secreting gland of marine birds.Circulation21:955-967.1965
  • Schumacher J.Respiratory medicine of reptiles.Vet Clin Exot Anim14(2).Philadelphia.PA. Saunders:207‐224.2011
  • Taplin LE,Grigg GC.Salt glands in the tongue of the estuarine crocodile,Crocodylus porosus.Science212(4498):1045-1047.1981

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。