はじめに
マイクロシン(Microcyn)は、次亜塩素酸(Hypochlorous Acid, HOCl)を有効成分とする動物用の創傷・皮膚ケア製品です。主成分である次亜塩素酸は、特許技術であるマイクロシンテクノロジーによって安定化された次亜塩素酸 になり、動物の免疫システムにおいて、白血球(好中球)が細菌や異物を排除する際に自然に生成する物質に近いものになっています〔Kim et al.2008〕。その強力な抗菌スペクトル、抗炎症作用、および高い安全性から、犬や猫だけでなく、ウサギ、爬虫類、鳥などのエキゾチックアニマルにも広く利用されています。

成分と作用機序
安定化次亜塩素酸は、生体の免疫システムにおいて好中球が産生する内因性の殺菌物質になります〔Ackerman 2024〕。特許技術によりpHを中性付近に安定化させることで、従来の次亜塩素酸ナトリウム溶液と比較して組織刺激性を最小限に抑えつつ、強力な殺菌効果を維持しています。
1. 抗菌・抗バイオフィルム作用
HOClは広範なグラム陽性菌・陰性菌、真菌、ウイルスに対して迅速な殺菌作用を示します。その作用機序は、微生物の細胞膜の脂質やタンパク質を酸化させること、および細胞内のATP産生を阻害することによると考えられています〔Sakarya et al.2014〕。特に、抗生物質が浸透しにくいバイオフィルムを破壊・除去する能力は、慢性化した感染創の管理において臨床的に極めて重要です〔Bello-Ruiz et al.2021〕。
2. 抗炎症・免疫調節作用
HOClは、創傷治癒の妨げとなる過剰な炎症反応を抑制する作用を持ちます。具体的には、肥満細胞からのヒスタミン遊離の抑制、炎症性サイトカイン(IL-2, IL-6など)およびロイコトリエン(LTB4)の産生をダウンレギュレートする効果が報告されています〔Ackerman 2024〕。これにより、患部の掻痒感、発赤、腫脹を緩和します。
3. 創傷治癒促進と高い安全性
HOClは線維芽細胞やケラチノサイトの遊走を阻害せず、むしろ肉芽形成や再上皮化を促進する環境を提供します〔Sakarya et al.2014〕。正常細胞に対する毒性が極めて低く、動物が舐めても安全であり、また、眼、耳、口腔内などの粘膜にも使用可能です〔Oculus Innovative Sciences 2007〕。アルコールやステロイド、抗生物質を含有しないため、耐性菌を産生するリスクもありません。
動物への応用
マイクロシンはその安全性と広範な効果から、様々な動物の皮膚トラブルに応用されています。
- 創傷管理: 切り傷、擦り傷、咬み傷などの洗浄・消毒。
- 皮膚感染症: 細菌性皮膚炎、真菌性皮膚炎(皮膚糸状菌症など)の補助的治療。
- 術後管理: 手術部位の洗浄と感染予防。
- その他: ホットスポット、皮膚の赤み、かゆみ、眼や耳の洗浄、歯肉炎などの歯周病。被毛の衛生管理や皮膚の恒常性の維持、悪臭予防。
エキゾチックアニマルへの臨床応用
エキゾチックアニマルは種特異的な生理機能や薬剤感受性を持ち、使用できる薬剤が限られます。HOClはその安全性から、これらの種において第一選択の局所消毒・創傷管理薬として広く応用されています。
ウサギ
ウサギは皮膚が薄く、足裏に潰瘍ができるソアホック(潰瘍性足底皮膚炎)や、不正咬合による涎で起こるウエットデュラップ(湿性の肉垂の皮膚炎)が多発します。マイクロシンはこれらの患部の洗浄・消毒に使用され、二次感染を防ぎ治癒をサポートします。特に、抗生物質に敏感なウサギにとって、局所的に使用できるマイクロシンは有用な選択肢となります〔Mancinelli et al.2022〕。
鳥類
鳥類では、毛引き症による自傷行為の傷や、足の皮膚炎(バンブルフット)の治療に応用されます。傷口の洗浄や感染予防に用いられ、治癒を助けます。また、毛引き症に伴う自傷創や、他の鳥からの攻撃による外傷の管理にも、その低刺激性と安全性が高く評価されます。鳥類は体も小さく代謝も早いため、全身性の薬剤投与が難しいケースも多く、局所的かつ安全に使用できるマイクロシンが好まれます〔Tully et al.2009〕。
爬虫類
爬虫類は火傷や脱皮不全、細菌や真菌による皮膚や甲羅の感染症(シェルロットなど)を起こしやすいです。マイクロシンはこれらの患部の洗浄や消毒に効果的です。多くの消毒薬が爬虫類の皮膚に刺激を与える可能性があるのに対し、マイクロシンは低刺激性であるため安全に使用できます。特に水棲のカメなどの皮膚病変の管理において、その有効性が獣医師により報告されています〔Divers et al.2019〕。多くの消毒薬が爬虫類の感受性の高い皮膚に刺激を与える可能性がある中、HOClは安全に使用できる数少ない選択肢の一つです。湿潤環境を好む緑膿菌などによる感染創の洗浄に適しています。爬虫類医学の専門書では、安全な創傷洗浄液の重要性が強調されており、HOClの特性はこれに合致しています〔Divers et al.2019〕。
モルモット、ハムスター、ハリネズミ
これらの小型哺乳類における皮膚の擦過傷、咬傷、膿瘍、および足底皮膚炎の管理に使用されます。特にモルモットの足底皮膚炎はウサギと同様に一般的な疾患であり、HOClによる毎日の洗浄は感染のコントロールと治癒促進に寄与します。動物がグルーミングで患部を舐めてしまうことを考慮すると、HOClの経口摂取における安全性は極めて大きな利点となります〔Oglesbee 2011〕。
まとめ
安定化次亜塩素酸(HOCl)は、その多面的な薬理作用(広域抗菌、抗バイオフィルム、抗炎症、創傷治癒促進)と卓越した安全性プロファイルにより、犬猫のみならず、薬剤感受性に特に配慮が必要なエキゾチックアニマルの皮膚・創傷管理において非常に価値の高い外用薬です。全身性の抗生物質への依存を減らし、薬剤耐性の問題を回避する上でも、獣医師にとって不可欠なツールと言えます。エキゾチックアニマルにおける大規模な臨床試験の報告は限られていますが、その基礎的な作用機序と豊富な臨床使用経験から、その有効性と安全性が支持されています。
参考文献
- Ackerman L.Hypochlorous Acid:Applications in Small Animal Dermatology.EC Veterinary Science9(1):03-07.2024
- Bello-Ruiz A et al.Super-oxidized solution with neutral pH (Microcyn®) as a disinfectant in the food industry.Journal of Food Protection84(5)849-856.2021
- Divers SJ,Mader DR eds.Reptile Medicine and Surgery.Elsevier Health Sciences.2019
- Kim C et al.The role of hypochlorous acid as one of the reactive oxygen species in living systems.Journal of Periodontal & Implant Science38(4):377-385.2008
- Oculus Innovative Sciences.Microcyn Skin and Wound Cleanser 510(k) Summary K063162.U.S.Food and Drug Administration.2007
- Oglesbee BL ed.Blackwell’s Five-Minute Veterinary Consult:Small Mammal.John Wiley & Sons.2011
- Mancinelli E,Bament W eds.BSAVA Manual of Rabbit Surgery, Dentistry and Imaging.British Small Animal Veterinary Association.2022
- Sakarya S,Gunay N,Karakulak M,Ozturk B,Ertugrul B.Hypochlorous Acid: an ideal wound care agent with powerful microbicidal,antibiofilm, and wound healing potency.Wounds26(12):342-350.2014
- Tully TN,Dorrestein GM eds.Avian Medicine.Elsevier Health Sciences.2009