何の予防
フェネックはイヌ科に属するキツネなので、犬の病気がうつる可能性はあります。狂犬病、ジステンパー、パルボウイルス、フィラリア、ノミやダニなど・・・・犬では予防接種(ワクチン)や飲み薬を定期的に飲ませることをしますが、さてフェネックではどうしたらよいのでしょうか?
フェネックにかかる病気
色々な感染症にかかると言われていますが、文献での報告や実際に発生している感染症、感染をし得るものを解説します。
狂犬病(全ての哺乳類↔フェネック)
狂犬病は狂犬病ウイルスによる感染症で、人および犬以外の全ての哺乳類にもうつります〔国立感染症研究所 2007〕。当然フェネックにも感染しますが、日本では 1956年の人と犬、1957年の猫を最後に撲滅されました。人は水などを恐れるようになる症状が見られ、恐水病と呼ばれることもあります。犬の狂犬病の症状は発熱や食欲不振、そして異常行動が見られます(暗い場所に隠れたり、攻撃的になる)。その後、麻痺や過剰に興奮し、目の前にある全ての物にかみつき、まさに狂犬の症状を示して、その後1~2日で死亡します。
一般には感染した動物のかみ傷などから唾液と共にウイルスがうつります。人への感染は主に犬でしたが、近年は猫やコウモリ、猿、アライグマ、キツネ、イタチ、タヌキなどの野生動物が感染源として増加しています。ヨーロッパでは3~5年周期でキツネに狂犬病が流行しています〔Anderson et al.1981〕。またアフリカでもキツネでの発生もあり、今後注意しないといけません。なお、狂犬病は致命的な病気で、発症すれば有効な治療法はありません。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/
フェネックは狂犬病の検疫が行われて輸入されるのです
日本では海外からキツネ、アライグマ、スカンクを輸入する際に、日本到着後、狂犬病についての検疫のため、一定期間の係留検査を受けなければなりません。狂犬病の発生のない国 や地域から連れてくる場合は、マイクロチップによる個体識別などの必要事項が記載された輸出国政府機関発行の証明書があれば、12時間以内の係留期間となります。しかし、指定地域以外から連れてくる場合、180日間の係留期間となります。 なお、自宅での係留検査は認められませんので注意が必要です。
ジステンパー(主に犬,アライグマ,フェレット↔フェネック)
犬ジステンパーウイルスのによる感染症で、感染すると目ヤニや鼻水、発熱、食欲不振になり、続いて咳やくしゃみといった呼吸器症状、嘔吐や下痢などの消化器症状が認められます。また、麻痺やケイレンなどの神経症状が見られ、皮膚炎や鼻や肉球の角化が進んで硬くなる(ハードパッド:Hard pad)といった症状も起こります。
目ヤニや鼻水、唾液、尿や便、咳やくしゃみで空中に飛散したウイルスを吸いこんだりして感染します。フェネックにも感染を起こしますので、もしジステンパーに感染した犬が近くにいた場合はフェネックにも感染します。過去にスーダンから輸入された8ヵ月齢の15頭のフェネックで集団発生した報告があります〔Gye-Hyeong Woo et al.2010〕。空気感染をしますので、離れていても感染する可能性はゼロではありません。
犬アデノウイルス(主に犬↔フェネック)
犬伝染性肝炎は、犬アデノウイルス1型に感染することで発症します。犬伝染性肝炎にかかると、肝炎が起こり、発熱、嘔吐や下痢が起こります。症状は軽いものから重いものまで様々で、ひどくなると脳炎が起こることもあります。感染は涙や鼻水、唾液、尿や便などで、これらを舐めたり、汚染された食器を使用することで感染します。フェネックでも10カ月齢のメスで報告があります〔Jeong-Won Choi et al.2014〕。
犬パルボウイルス(主に犬↔フェネック)
犬パルボウイルスによる感染症で、元気消失、衰弱。嘔吐や下痢が見られます。パルボウイルスは猫での猫汎白血球減少症ウイルス、ミンクでのミンク腸炎ウイルスなどが知られ、このような他種のウイルスが野生動物の中で突然変異を起こして、犬に激しい病気を起こすウイルスになった と考えられています。赤ギツネでも犬パルボウイルスの感染報告はあるものの〔Truven et al.1998〕、特異的にキツネに発見された青ギツネパルボウイルス〔Veijalainen 1988〕や赤ギツネパルボウイルス〔Truven et al.1998〕などが報告されています。フェネックにおいてもどのパルボウイルスが感染するのか分かっていないです。
フィラリア(主に犬↔フェネック)
フィラリア症は、蚊によって媒介されるソーメンのような細長い寄生虫である犬糸状虫(フィラリア)が、犬に感染することで心臓病を起こすことで有名です。蚊がフィラリアに感染している犬を吸血したときに、フィラリアの幼虫(ミクロフィラリア)が蚊の体内に侵入し、体内で感染幼虫に成長して心臓に到着します。多数寄生すると、咳や呼吸困難などの症状を示します。犬よりも体の小さなフェネックでは少数の寄生でも命取りになります。ミクロフィラリアを含んだ血を吸った蚊が他の犬を吸血した際に媒介します。宿主は犬ですが、猫、オオカミ、キツネ、フェレット、クマ、アザラシにも感染します。赤ギツネではオーストラリアのメルボルンにおいては125頭中8頭(6.4%)〔Marks et al.1998〕、アメリカのイリノイ州においては225頭中8頭(3.6%)〔Hubert Jr et al.1980〕が感染をしていた報告があります。フィラリアによる心不全は、治療が遅れると、その死亡率はほぼ100%です。
ノミやダニ
フェネックにイヌノミやネコノミが寄生しますが、多くはネコノミです。屋外へ散歩にいくとノミの寄生する確率が高くなります。山や草むらを散歩することでマダニも寄生します〔Barnes et al.2001〕。
具体的にどうするの?
動物と安心して楽しい生活を送るには、病気の予防は大切なことです。そのためにワクチンや予防薬を与えて、病気にさせないようにすることが理想です。なお、ワクチンは計画的に注射することがポイントです。産まれたばかりの幼体に3~4週毎に2~3回うちます。それ以降は最後のワクチンからおおよそ1年ごとに1回注射します。また、ワクチンをうつにあたって、副作用が起こることもありますので注意して下さい。症状としては発熱、嘔吐下痢、痙攣や呼吸困難などで命にかかわることもあるため、ワクチン後しばらくは動物病院に残って様子を観察するようにしましょう。また、老衰や体調不良、他の病気の治療中の場合は、ワクチンをうつのは控えて下さい。
しかし、フェネック専用のフェレット用に認可されたものがないため、犬用のワクチンで代用していることも知っておいてください。具体的には以下のように考えています・・・・
狂犬病の予防
犬は狂犬病予防法という法律によって生後3ヵ月以上の犬に年1回のワクチン接種が義務づけられてもいます。しかし、フェネックではワクチンをうつことは義務化されていませんので必要がないです。もしも、日本で狂犬病が発生したらワクチンを検討しましょう。
ジステンパーウイルス、肝炎ウイルス、パルボウイルスの予防
これらの感染症を予防するためにはワクチンが有効です。ワクチンとはウイルスなどの病原体を病気を発症しないように弱くしたもので、体内に注射することで体の防御機構である抗体を作らせます。フェネック自身に病気をさせない目的ですが、他の動物に移さないためにもワクチンで予防することは重要なのです。しかし、ワクチン接種の義務がなく、フェネック専用のワクチンがないことからも、副作用が懸念されます。
同じ感染症を予防するワクチンでも、製品ごとに性質が異なっています。その性質によってフェネックに副作用が発現するものもあれば、副作用がですに抗体がきちんと出きて病気を予防するものがあります。ワクチンの性質とは色々とあるのですが、具体的に生ワクチンと不活化ワクチンという2種類を説明します。生ワクチンは生きているウイルスや細菌の毒性を弱めた(弱毒化した)ウイルスや細菌をワクチンとしたものです。接種後の免疫は強固なのですが、接種後に軽い副作用が見られることがあります。不活化ワクチンは大量に培養されたウイルスや細菌の毒力をなくした病原体やその成分で作ったワクチンで、1回接種しただけでは必要な免疫を獲得できないため、数回の接種が必要になります。しかし、フェネックに対してどのワクチンが安全で、しっかりと免疫が獲得できるのか、分かっていません。これまでの文献を下記に列記しました。
ワクチンの性質によって?動物によって?安全なのか?抗体ができるのか?
不活化の犬ジステンパーウイルスワクチンと生ワクチンをレッサーパンダ、ハイイロギツネ、フェレット、ヤブイヌ、タテガミオオカミ、フェネックに接種した所、不活化ワクチンを投与した13頭のレッサーパンダでは、抗体がきちんとできたのは1頭だけでした。ハイイロギツネとフェレットに安全であると考えられる生ワクチンをうったレッサーパンダは、16日後に細菌性肺炎で死亡しました(ワクチンの副作用であるかは不明)。生ワクチンをうった12頭のヤブイヌ、5頭のタテガミオオカミ、3頭のフェネックでは安全であることが証明されました〔Montali et al.1983〕。
Montali RJ,Bartz CR,Teare JA ,Allen JT,Appel MJ,Bush M.Clinical trials with canine distemper vaccines in exotic carnivores.J Am Vet Med Assoc.December183(11):1163-1167.1983
混合ワクチンをうって副作用で死亡したフェネック!
犬ジステンパーウイルス、犬アデノウイルス2型、パラインフルエンザウイルス、パルボウイルス、犬コロナウイルスを含む混合の生ウイルスワクチンを受けた61日齢のフェネックが、接種から11日後に死亡しました。眼脂や鼻水 、痙攣が見られ、脳、気管支や肺からワクチン由来の犬ジステンパーウイルスと犬アデノウイルス2型が検出されました。犬のワクチンをそのまま接種するのではなく、ワクチンのタイプをしっかり検討する必要があります〔Tamukai k et al.2020〕。
Tamukai k et al.Molecular evidence for vaccine-induced canine distemper virus and canine adenovirus 2 coinfection in a fennec fox.J Vet Diagn Invest32(4):598₋603.2020
カナリア痘ベクターの生の犬ジステンパーワクチンがフェネックにベスト?
カナリア痘ベクターの犬ジステンパー生ワクチンをうったフェネックとミーアキャットの両方において、副作用も見られずに1年間にわたり抗体が維持されました〔Coke et al.2005〕。
Coke RL,Backues KA,Hoover JP,Saliki JT,Ritchey JW,West GD.Serologic responses after vaccination of fennec foxes (Vulpes zerda) and meerkats (Suricata suricatta) with a live,canarypox-vectored canine distemper virus vaccine.J Zoo Wild Med36(2):326₋330.2005
どのワクチンでもうてばよいと言うわけでなく、ワクチンの性質を確認しなければ副作用で死んでしまいます。Recombitek、と言うカナリア痘ベクターの生の犬ジステンパーワクチンが理想と思われますが、まだ完全に安全とは言えない段階です。たとえフェネックがジステンバーに感染するとほぼ100%死んでしまうというのが何よりも大きなリスクですが、室内飼いであっても空気感染をするため、常に感染の脅威がつきまといます。もちろん、散歩に連れて行ったりすることも難しく、ワクチンを接種していないとペットホテルを利用できない場合もあります。飼い主さんがリスクをしっかり理解し、獣医師と相談した上で、何が一番良いのか判断して下さい。
フィラリアの予防
フィラリアの予防は蚊が発生する期間に1ヵ月に1回内服薬を投与します。蚊の発生時期には地域差があるため、温暖な地域では長く予防する必要があります。すでに寄生の疑いがある場合には、予防薬によってフィラリアの成体が死ぬことでアレルギー反応などを起こし、死亡する恐れもあります。そのために寄生していないことの検査で確認してから予防薬を与えます。最近は首の後ろに垂らす薬剤で予防もできますが、全ての予防薬が犬用の薬剤なので、フェネックにおいて、どこまで完全に予防できるかは不明です。こちらも獣医師とよく相談して下さい。
参考文献
- Anderson RM et al.Population dynamics of fox rabies in Europe.Nature26.289(5800):765-771.1981
- Barnes J et al.Tick Toxicity in Zoo Animals in Eastern Australia American Association of Zoo Veterinarians Conference 2001
- Coke RL,Backues KA,Hoover JP,Saliki JT,Ritchey JW,West GD.Serologic responses after vaccination of fennec foxes (Vulpes zerda) and meerkats (Suricata suricatta) with a live,canarypox-vectored canine distemper virus vaccine.J Zoo Wild Med36(2):326₋330.2005
- Gye-Hyeong Woo et al.Canine distemper virus infection in fennec fox(Vulpes zerda).J Vet Med Sci72(8):1075₋1079.2010
- Hubert Jr GF,Kick TJ,Andrews RD.Dirofilaria immitis in red foxes in Illinois.J Wild Dis16(2):229-32.1980
- Jeong-Won Choi et al.Canine adenovirus type 1 in a fennec fox (Vulpes zerda).J Zoo Wild Med45(4):947₋950.2014
- Marks CA,Bloomfield TE.Canine heartworm (Dirofilaria immitis) detected in red foxes (Vulpes vulpes) in urban Melbourne.Vet Parasitol31;78(2):147-54.1998
- Montali RJ,Bartz CR,Teare JA,Allen JT,Appel MJ,Bush M.Clinical trials with canine distemper vaccines in exotic carnivores.J Am Vet Med Assoc.December183(11):1163-1167.1983
- Tamukai k et al.Molecular evidence for vaccine-induced canine distemper virus and canine adenovirus 2 coinfection in a fennec fox.J Vet Diagn Invest32(4):598₋603.2020
- Truven U et al.Survey on viral pathogens in wild red foxes (Vulpes vulpes) in Germany with emphasis on parvoviruses and analysis of a DNA sequence from a red fox parvovirus.Epidemiol Infect121(2):433₋440.1998
- Veijalainen P.Characterization of biological and antigenic properties of raccoon dog and blue fox parvoviruses:a monoclonal antibody study.Vet microbiol16(3):219₋230.1988
- 国立感染症研究所:病原微生物検出情報(IASR)The Topic of This Month Vol.28 No.3(325):p61-62.2007