専門獣医師が解説する爬虫類の温度依存的性決定

オスとメスを人工的に作りわけることができる?

人を含む多くの動物は、オスとメスの性決定は性染色体(人ではX染色体とY染色体)の組み合わせなど、遺伝的に決まります (遺伝的性決定: GSD Genetic sex determination)。しかし、ワニ、多くのカメ、そして一部のトカゲ、ムカシトカゲでは性染色体を持たずに、卵の孵化温度によって性が決定されます。これを温度依存的性決定 (Temperature-dependent sex determination: TSD)と呼ばれていますが、この分子機構については、ほとんど分かっていません。なお、爬虫類でもヘビにはこの現象はみられません 〔能村 1984〕。TSDは1966年に西アフリカのトカゲ (Agama agama) の卵の観察を通じて初めて報告されました 〔Charnier 1966〕。一部の爬虫類は卵の孵卵温度で雌雄が決まることから、繁殖家たちは孵卵の際の温度を操作し、希望する性を産ませることがで商売に利用してきました。野生では、巣穴での卵の位置、天候や日照条件、土壌の温度や湿度により孵卵温度が変化します。どの爬虫類がTSDが行われるのかも、全てが分かっていません。卵の胚発生の18~30%に達した時点に温度の影響を受けると考えられています。トカゲでは孵卵期間の前半、カメでは中間あたりが、温度への感受性は最も強くなるそうです 〔Pieau et al.1981〕。爬虫類の種類によって、オスになる温度域、メスになる温度域は異なり、カメパターン、トカゲパターン、その他のパターンの3つがあります。いずれのパターンでも、100%メスから100%オスに移行する間の温度領域をTRT (Transitional range of temperature) と呼ばれ、このTRT内では、おおよそ雌雄が1:1と混ざって産まれます。TSDの操作をしているのは、温度センサー的な役割として働いているTrp (Transient receptor potential) タンパク質とも言われています。なお、爬虫類ではGSDTSDの両方を備えているものもいます。

なんでこうなったの?

爬虫類の進化において子孫を残すために、これまで遺伝子により雌雄が決定されていたものが、GSDを無効にするための変化が起こり、GSDからTSDへの系統発生的移行を引き起こされたと言われています。種類によって都合のよい性決定のシステムを、温度という環境変化を利用して作りあげたのでしょう 〔Shine et al. 2002, Bull 1981〕。しかし、近年地球温暖化による気温の継続的な上昇は、TSDに依存する特定の爬虫類には今後影響を与えることは間違いありません。

カメのパターン

カメは孵化温度が低いとオス、高温ではメスが産まれ、このうようなパターンをMF (Male-Female) 型と呼ばれています。TRTで雌雄の性比が1:1になるのはおおよそ27~31℃という狭い領域です 〔村松 1984〕。

表: カメのTSD温度
オスが生まれる温度 (℃)TRT (℃)メスが生まれる温度 (℃)文献
ギリシャリクガメ

29.530-3131.5Pieau 1972
25‐30 31‐35Jepson 2006
<30 31<Kohler et al. 2005
ヘルマンリクガメ

33‐3431‐3225‐30安川 2008
く29 29<Miller et al. 2008
 31.5 Eendebak 2001
インドホシガメ29.4‐30.6 31.1‐32.2Fife 2007
ヨーロッパイヌマガメ25 30Girondot 1999
アカウミガメ<282930<
アカミミガメ26 31Weber et al. 2020

トカゲパターン

トカゲではカメパターンとは反対に孵化温度が低温だとメス、高温だとオスが産まれ、このうようなパターンをFM (Female‐Male) 型とも呼ばれています。ワニもFM型が多く、ミシシッピーワニでは、33.5˚Cではオス、30˚Cではメスになります 〔Yatsu et al.2015〕。昔は大半のトカゲがFM型のパターンといわれていましたが、トカゲはワニやカメよりも柔軟な性決定システムを備えており、FM型とは異なるパターンを持つものも結構います。

その他のパターン

孵卵温度が低温と高温でメス、中間温度でよりオスが生まれ 〔Elf 2003〕、FMF (Female‐Male‐Female) 型とも呼ばれます。ウミガメ、カミツキガメ、ドロガメ、ニシキガメ、ヒョウモントカゲモドキ、オーストラリアワニなどに見られます 〔Gutzke et al. 1988, Quinn et al. 2007, 村松 1984〕。ヒョウモントカゲモドキは26~28℃の低温と35℃の高温でメスが生まれ、中間温度域でオスが生まれます。中間温度域の31~33℃ではオスが70%以上の確率になります 〔Viets et al. 1993〕。

カミツキガメもヒョウモントカゲと同じくFMF型ですが、地域によって雌雄の生まれる温度が異なる結果が出ました〔Ewert et al.2005〕。

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フトアゴヒゲトカゲ

フトアゴヒゲトカゲは特殊で通常の孵化温度域だと遺伝的性決定 (GSD) ですが、孵卵温度が高温だとメスが多く産まれるTSDです。孵卵温度が22℃未満では卵は孵化せず、23~32℃では雌雄比がほぼ1:1のGSD、34℃以上ではメスの比率が高まり、35~37℃では100%メスが生まれたTSDという結果でした 〔Quinn et al. 2007〕。これは卵の中にある胚が高温にさらされると、オスの染色体を持つ胚がメスに転換するためです。野生のフトアゴヒゲトカゲの繁殖期は年1回ですが、暖かい時期にメスが生まれると、早期に成熟して産卵きます。しかしオスは、繁殖期でも気温が下がり始める頃に生まれて、翌年の繁殖期までに体を大きくしたほうが、他のオスとの争いに勝ち、子孫を残すのに都合がよいからとも言われています。

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参考文献

  • Bull JJ. Evolution of environmental sex determination from genotypic sex determination. Heredity. 47: 173-184. 1981.
  • Charnier M. Action of temperature on the sex ratio in the Agama agama (Agamidae, Lacertilia) embryo. C R Seances Soc Biol Fil. 160: 620-622. 1966.
  • Eendebak B. Incubation period and sex ratio of Testudo hermanni boettgeri. Proceedings of the International Congress on Testudo Genus. Gonfaron-Hyères. France: 7–10. 2001.
  • Elf PK. Yolk steroid hormones and sex determination in reptiles with TSD. Gen Comp Endocrinol. 132 (3): 349-355. 2003.
  • Ewert MA et al. Geographic variation in the pattern of temperature-dependent sex determination in the American snapping turtle (Chelydra serpentina). J Zool. 265 (1): 81-95. 2005.
  • Fife JD. Star Tortoises. In: The Natural History, Captive Care, and Breeding of ‘Geochelone elegans’ and ‘Geochel. Chimaira. 2007.
  • Girondot M. Statistical description of temperature-dependent sex determination using maximum likelihood. Evol Ecol Res. 1: 479–486. 1999.
  • Gutzke WHN, & Crews D. Embryonic temperature determines adult sexuality in a reptile. Nature. 332 (6167): 832-834. 1988.
  • Jepson L. Mediterranean Tortoises 1st ed. Kingdom Books, Havant. 2006.
  • Kohler G. Haecky V. transl. Incubation of Reptile Eggs: Basics, Guidelines, Experiences. Krieger Pub Co, Florida. 2005.
  • Miller JD, & Dinkelacker SA. Reproductive structures and strategies of turtles. In: Wyneken J, Godfrey MH, & Bels V. eds. Biology of Turtles. CRC Press. Boca Raton. FL. U.S.A.: p225–278. 2008.
  • Quinn AE, Georges A, Sarre SD, Guarino F, Ezaz T, & Marshall Graves JA. Temperature Sex Reversal Implies Sex Gene Dosage in a Reptile. Science. 316: 411. 2007.
  • Pieau C. Effets de la température sur le développement des glandes génitales chez les embryons de deux Chéloniens, Emys orbicularis L. et Testudo graeca L. C R Acad Sci Paris. 274D. 719–722. 1972.
  • Pieau C, & Dorizzi M. Determination of temperature sensitive stages for sexual differentiation of the gonads in embryos of the turtle, Emys orbicularis. J Morph. 170: 373–382. 1981.
  • Shine R, Elphick MJ, & Donnellan S. Co‐occurrence of multiple, supposedly incompatible modes of sex determination in a lizard population. Ecol Lett. 5: 486-489. 2002.
  • Viets BE et al. Temperature-Dependent Sex Determination in the Leopard Gecko, Eublepharis macularius. J Exp Zool. 265: 579-683. 1993.
  • Weber C et al. Temperature-dependent sex determination is mediated by pSTAT3 repression of Kdm6b. Science. 17; 368 (6488): 303-306. 2020.
  • Yatsu R et al. TRPV4 associates environmental temperature and sex determination in the American alligator. Sci Rep. 18; 5: 18581. 2015.
  • 能村 哲郎. 爬虫類の性分化とホルモン. 日本比較内分泌学会編. 学会出版センター. 東京: p115-138. 1984.
  • 村松 晋. 性決定様式と性染色体. 性分化とホルモン. 日本比較内分泌学会編. 学会出版センター. 東京: p25-38. 1984.
  • 安川 雄一郎. ペットとしてのリクガメの飼育と分類. クリーパー. 誠文堂新光社. 3: p49-73. 2008.

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。