【解剖】ヘビの鱗

はじめに

ヘビの鱗は、単なる外皮ではなく、保護、運動、水分保持、感覚といった生存に不可欠な役割を担う複雑な組織です。同様に、尾の付け根に位置する臭腺は、防御や繁殖コミュニケーションに重要な役割を果たします。これらの器官の健康状態は、ヘビの全体的な健康を反映する重要な指標となります。

鱗の解剖学と組織学

鱗の名称と形態学的分類

ヘビの鱗は、魚類の鱗とは根本的に異なり、真皮の骨性要素を持たず、皮膚の表皮が分化して形成された硬質な角質板です 。このため、魚の鱗のように剥がれることはなく、皮膚の不可欠な一部となっています。ヘビの鱗は、その体の部位や形態によって分類され、それぞれに固有の名称が与えられています。

頭部の鱗

原始的なヘビ(ボアやニシキヘビなど)の頭部には不規則に配置された小さな鱗が見られるが、より進化したヘビでは「シールド」または「プレート」と呼ばれる、左右対称の大きな鱗が特徴的です 。これらの頭部の鱗には、吻端鱗(rostral)、鼻鱗(nasal)、眼上鱗(supraocular)、前頭鱗(frontal)、頭頂鱗(parietal)など、詳細な名称が付与されています 。  

体部の鱗

体幹を覆う鱗は、背鱗と腹鱗に大別されます。背鱗(Dorsal Scales): 体の大部分を覆い、通常は対角線上にずれて屋根の瓦のように重なり合って配置されています 。胴体中央部の腹板以外の鱗の横列の数を体鱗列数と呼ばれ、腹板尾下板の数とともに種類の鑑別に使われます。

和名 (または英名)学名 (一部)体鱗列数 (胴体中央部)
ヤスリヘビ属Acrochordus130–150列
オオアタマウミヘビ属Hydrophis74–93列
ニシキヘビ属Python65–75列
ハブProtobothrops flavoviridis約37列
ゴファースネークPituophis catenifer27列以上
サキシマスジオElaphe taeniura schmackeri27列 (または25)
アオダイショウElaphe climacophora23列 または 25列
ヨナグニシュウダElaphe carinata yonaguniensis25列
サキシマハブProtobothrops elegans25列 (または23)
タカチホヘビAchalinus spinalis23列
シュウダElaphe carinata carinata23列
ヒメハブOvophis okinavensis23列
ジムグリElaphe conspicillata21列
ニホンマムシGloydius blomhoffii21列 (まれに19, 25)
シマヘビElaphe quadrivirgata19列
ヒバカリAmphiesma vibakari19列
ヤマカガシRhabophis tigrinus19列
ガラスヒバァAmphiesma pryeri19列
シロマダラDinodon orientale17列
アカマタDinodon semicarinatum17列
サキシマアオヘビCyclophiops herminae17列 (または19)
リュウキュウアオヘビCycophiops semicarinatus15列
サンゴヘビMicrurus fulvius15列
ワームスネークCarphophis amoenus13列

つまり、脱皮した鱗が完全であれば形状から種の鑑別も可能です。

腹鱗/腹板(Ventral Scales or Gastrosteges): 腹部に位置する、幅広く横に細長い鱗であり、頚部から総排出腔鱗まで一列に並んで続きます 。この腹鱗は硬い鱗からなり、体鱗と比べて大きく、移動の際の滑り止めや、地面や樹上を移動する際に身体を守る役目を担います。つまり摩擦抵抗が低く、効率的な運動に寄与しています 。  

尾部の鱗

体幹と尾の境目には、総排出腔鱗/肛門鱗(Anal Scale) と呼ばれる単一または一対の大きな鱗が存在します 。総排出腔鱗から尾の先端までは   尾下鱗(Subcaudal Scales) が続き、これは単列または二列の種が存在します 。  

鱗の名称位置主な機能
背鱗 (Dorsal Scales)体の背部保護、カモフラージュ、摩擦低減、分類学的識別
腹鱗 (Ventral Scales)腹部運動(摩擦低減)、体重の支持
眼鱗 (Spectacle)目を覆う目の保護(融合した瞼)
総排出腔鱗 (Anal Scale)腹部の末端、総排出腔の直前分類学的識別、運動の補助
尾下鱗 (Subcaudal Scales)尾の腹側保護、分類学的識別
竜骨状鱗 (Keeled Scales)背部、または全身摩擦の増大、運動の補助
表:鱗の名称

鱗の表面形態も種によって多様である。表面が滑らかな平滑鱗(smooth scale)、中央に縦方向の隆起(キール)を持つ竜骨状鱗(keeled scale)、または凹凸のある顆粒状鱗(granular scale) に分類されています 。また、目の保護のために透明な膜状に特殊化した眼鱗(Spectacle or Brille) や、ガラガラヘビの尾を形成するガラガラ(Rattles) など、特化した機能を持つ鱗も存在します。  

鱗の微細構造とケラチン組成

ヘビの鱗は、硬く非柔軟なβ-ケラチンと、その下層に位置する柔らかく柔軟なα-ケラチンという2種類のケラチンからなる連続した層で構成されています 。この二層構造は、鱗の機能と病態生理学を理解する上で極めて重要で、硬いβ-ケラチン層は外部からの物理的な外力や紫外線に対する防御壁として機能し、柔軟なα-ケラチン層は、鱗と鱗の重なり合うヒンジ部分に存在し、胴体の拡張や屈曲といった運動の柔軟性を可能にしています 。  この鱗の階層的な材料特性、すなわち最外層が硬く、内層が柔らかいという勾配は、保護と運動という相反する機能を両立させるための生物学的適応である 。ヘビが成長するにつれて、古い鱗の下に新しい表皮が形成され、古い層が剥がれ落ちる脱皮(ecdysis) のプロセスが定期的に繰り返される 。このケラチン形成プロセスが、栄養不良(特にビタミン不足)や全身性疾患によって障害されると、硬さと柔軟性のバランスが崩れ、結果として鱗の機能不全や脱皮不全(dysecdysis)といった臨床症状として発現します。  

皮膚と鱗の生理機能

摩擦低減と運動機能

ヘビの鱗は、その形態と材質の特性から、地面との摩擦を低減するように進化しています 。特に、腹部の幅広で平らな腹鱗は、運動エネルギーの損失を最小限に抑え、ヘビの効率的な移動を可能にする低摩擦表面として機能します 。ある研究では、ヘビの腹鱗と背鱗が、乾燥環境と湿潤環境で異なる機械的特性と摩擦係数を示すことが示されている 。乾燥状態では脆性破壊が観察されるのに対し、湿潤状態では延性破壊が見られる 。これは、陸上でも水中でも効率的な運動と耐久性を確保するための適応機構であり、摩擦係数の調整によって、多様な環境に対応できることを示唆している 。  

水分保持と体温調節

爬虫類の皮膚は、厚い角質層と、陸上生活を可能にする脂質で構成された多層構造の不透過性バリアによって、水分の蒸発を防いでいます。ヘビは、体温を外部環境に依存して調節する外温性動物であり、体温調節のために様々な行動的・生理学的戦略を用いています 。行動的には、日光浴(Basking)によって太陽の放射熱や温かい地面からの伝導熱を吸収し、体温を上昇させています 。体温が高くなりすぎると、日陰や地中へ避難して熱放散を促進し、生理学的な適応としては、血管の拡張によって皮膚表面の血流を増やして熱吸収を促進したり、血管の収縮によって熱放散を抑えたりする能力を備えています。 鱗自体もこのプロセスに寄与し、一部の爬虫類では、鱗の色を変化させて太陽光の吸収や反射を調整し、体温を調節することが可能です。また、クロコダイルのような大型の板状鱗を持つ種では、その構造が熱吸収効率を高めることに役立っています。  

感覚機能とコミュニケーション

ヘビの鱗は、単なる物理的な保護や運動機能を超えた、統合的な「システム」として機能しています。その一例が、感覚機能である 。多くのヘビ、特にクサリヘビ科の種は、特定の鱗に熱を感知するピット器官(heat-sensing pits) を持ち、これにより暗闇でも獲物である温血動物を検出することが可能です。さらに、鱗はコミュニケーションやカモフラージュにも重要な役割を果たします。一部のヘビ(例:レインボーボア)の鱗は、色素を持たず、光の干渉によって虹色に輝く構造色(structural coloration) を生み出し、この現象は、薄膜干渉の物理法則によって引き起こされ、種によっては求愛行動やカモフラージュに利用されることがあります。これらの機能の多面性は、ヘビの皮膚が単なる防御壁ではなく、生存のための統合された器官であることを示唆しています。

肛門腺(臭腺)系の化学的特性

臭腺の解剖と位置

ヘビの尾の付け根、総排出腔の尾側に臭腺(scent glands) と呼ばれる一対の全分泌腺が埋め込まれています。これらの腺は、ヘビが脅かされたり、攪乱されたりした際に、通常は不快な臭いを放つ分泌物を、総排出腔の後側方縁にある開口部から排出します〔Funk 1996〕 。  

腺分泌物の化学組成と生理的役割

臭腺の分泌物は、単なる悪臭物質ではなく、極めて複雑な化学混合物です。ガスクロマトグラフィー/質量分析法による分析では、特定のヘビの分泌物から、コレステロール、脂肪酸(100種以上)、グリセリルモノアルキルエーテル、アルコールなど、300以上の成分が同定されています 。これらの成分の中で、脂肪酸が最も構造的に多様で、分泌物の大部分を占めています 。また、フェノール、ベンズアルデヒド、インドールといった揮発性化合物や、これまでに報告されていなかったメチル分岐した不飽和脂肪酸やプロリンを含むジケトピペラジンといった新規化合物も発見されています 。  多くの爬虫類の性フェロモンは、空気中を拡散するには大きすぎる脂質分子であり、ヘビの場合は舌先をはためかせて物質を直接収集し、鋤鼻器(ヤコブソン器官)によって検出されます 。しかし、アカサイドガーターヘビでは、交尾後の「交尾フェロモン」(雄由来)が空気中を拡散して雄の求愛行動を停止させる例も報告されており、嗅覚を介したコミュニケーションも存在する可能性が示唆されています〔Mason et al.2017〕。  

防御と繁殖における機能

臭腺は、ヘビの生存戦略において多岐にわたる重要な役割を担っています。

  • 防御機能: 臭腺分泌物の主要な機能の一つは、捕食者に対する防御です 。多くの捕食者、特にアリは、ヘビの総排出腔から排出された分泌物を避ける傾向がある 。研究によると、分泌物をアリに直接塗布すると、麻痺や死を引き起こす接触毒性を示すことがあり、これは分泌物に殺虫作用がある可能性を示しています。  
  • 繁殖機能: 臭腺は繁殖生理に不可欠なフェロモンを分泌し、同種間の化学的コミュニケーションに利用されています。このフェロモンは、性別や繁殖状態に関する情報を提供し、求愛行動や交尾の開始、および停止を制御します〔 Shine et al.2012〕。  

臭腺分泌物の化学的な複雑性は、ヘビの生存戦略の洗練度を反映しています。この多様な化合物群は、特定の捕食者に対する精密な忌避剤として機能するだけでなく、同種間での複雑な社会行動や繁殖行動を仲介していると考えられています。この複雑さを理解することは、臨床的診断と治療において重要です。飼育下のヘビで臭腺の機能不全が発生した場合、それは単なる局所的な問題ではなく、繁殖行動の障害やストレス反応の異常といった、より広範な生理学的問題の兆候である可能性があります。例えば、ストレス(輸送など)が分泌物の粘度を変化させ、嵌塞を引き起こす因果関係も考えられています。  

皮脂腺?

ヘビ(カリフォルニアキングスネーク)の鱗の表面にわずか数ナノメートルの極薄の脂質でコーティングされ、さらに腹側が背中側よりはるかに滑らかで整然とした層を形成しているという報告もあります〔Baio et al.2015〕。

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参考文献

  • Baio JE et al.Evidence of a molecular boundary lubricant at snakeskin surfaces.J R Soc Interface6:12(113):0817.2015
  • Funk RS.Biology.Snakes.In Reptile medicine and surgery.Mader DR ed.Saunders:p39-46.1996
  • Mason RT,Jones TH.Scent gland constituents of the Middle American burrowing python,Loxocemus bicolor (Serpentes: Loxocemidae). Journal of Chemical Ecology43(3):227–234.2017
  • Shine R,Shine T.Can male snakes detect sex pheromones not only by vomerolfaction, but also by olfaction? Physiology & Behavior105(5):1184–1187.2012

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。