躍進する3Dプリンター
昨今、航空機のエンジン部品や人体のインプラントなどの作成に活用されていることで3Dプリンター技術は存在感を増してきており、その波はいま獣医療業界にも広がりつつあります。


(上)3Dプリンターで作成した航空機部品
(下)3Dプリンターで作成した歯インプラントガイドのイメージ
そこで本記事ではエキゾチックアニマル診療での思いもよらない3Dプリンターの活用例を1つ、ご紹介したいと思います。
カメにとって甲羅の欠損ってどうなの?
カメは水中生活者です。生存活動の食べる、移動する、排尿・排便といった行動が水の中で行われます。
カメがケガをして甲羅の欠損部分が外界に露出した状態では、容易に欠損部が汚染されて何度も繰り返し感染が起こり、
治癒が妨げられるという負のスパイラルが成立してしまい、この傾向が続くとカメの命が脅かされる恐れもあります。
このように、実は甲羅の欠損はカメにとっては命に関わる重大な事態ともいえるのです。

※カメの甲羅のケガについては、こちらの記事にも詳しいため、是非ご一読ください。
甲羅の割れ・欠けには、どんな治療をする?
多くの場合、甲羅の割れに対してはスクリュー、ピンやワイヤーを用いて割れた部分を閉鎖する治療で対処します。
しかしながら、この治療では肩部・会陰部が受傷した場合や体腔にまで至る外傷に対応できません。
また、甲羅の欠片が失われてしまった場合には絶えず欠損部に水が浸漬し、体腔汚染の懸念が高まります。
このような症例では、長期的な創管理や集中的な看護が必要となり、獣医療従事者にとって大きな負担となり得ます。


※画像はイメージです。
上記の背景から、欠損部を安定的に被覆し、外界から遮断できるような新しい治療アプローチが希求されていました。
症例:欠損部にくり返し感染が生じたカメ
そんな中で、新たな治療アプローチが試みられた話を紹介します。
台湾でとあるミシシッピアカミミガメが救助されました。
このカメの左側の甲羅には13 cm以上に渡る欠損のために体腔膜が露出し、露出部には泥やガレキが堆積してウジも湧き、
化膿性の滲出液が出ている状態で動物病院に運び込まれました。このカメは総白血球数の増加により全身感染の存在が示唆されました。
これを受けて抗菌薬を全身投与する治療が開始され、並行して露出部創の清拭、栄養補給、包帯の交換等の看護を含めた複数名のスタッフによる管理が2ヶ月間に渡り継続されました。しかし露出部創を乾燥に保ち、感染を防止することができていなかったために何度も感染が再発し、良い治療反応は得られないままに時が経っていくという経過を辿っていました。

※画像はイメージです。
解決案: 意外、それは3Dプリンター。
そこで感染再発が起こらないようにするために、外界の水を遮断し欠損部を被覆する新たな手法が取られることになりました。
それは、3Dプリンターによりカメの欠損部の形状に合わせた防水保護装置を作るというアイディアでした。言うなれば、カメのための義甲を用意するということです。
ちょうど、断肢手術を経験した患者さんに義手や義足を用意するように。
その義甲は、下のようなプロセスを経て作られました。
- スキャン:CBCT(コーンビームCT)で甲羅の骨構造をスキャンしつつ、3D表面スキャナーで欠損部の正確な形状をキャプチャ。

2.設計:コンピュータ支援設計(CAD)ソフトで、甲羅と欠損部の両者の情報をもとに保護装置の形状を設計。欠損部にぴったり適合し、かつ防水性を備えた形状を追求。

3.製造:FDM(熱溶解積層方式)型3Dプリンターでポリ乳酸製の装置を出力。
4.調整:実際にカメの甲羅に当てて、フィット感と防水性をテスト。必要に応じて再設計。

※画像はイメージです。
完成した義甲は秀逸でした。材料の弾性を利用してはめ込む方式であるスナップフィット構造により確実に甲羅に固定され、
かつポートホールという穴を備え、そこから日々の創傷ケアが可能となります。装置の総重量は110gと軽く、カメの運動能力をほぼ損ないません。
治療経過—「生活しながら治ることができる」
義甲装着後、カメに変化が現れます。
1ヶ月後:食欲と活動性が目に見えて向上。血液検査で白血球数も正常範囲に回復。痛みを示唆する行動は見られない。
5ヶ月後:欠損部は角化した新しい組織でほぼカバーされる。CBCT画像では、骨の新生、骨橋の形成といった治癒の進行が確認される。
12ヶ月後:義甲は安定を保ったまま。カメは遊泳、浮力調整、移動といった通常の生活行動を支障なく続けている。
義甲によって、「水中で普通に生活しながら、同時に甲羅が治っていく」という理想的な状況を実現することが可能になったのです。

義甲装着のアドバンテージ
従来甲羅損傷が重度な場合、金属ピンやスクリューによる固定が検討されてきました。しかしこの患者は全身状態が悪く、麻酔リスクが高かった症例でした。
一方で、義甲の装着は非侵襲的で、動物への負荷を最小限に抑えます。また、複数人での包帯交換、洗浄といった集約的な毎日のケアが必要だった従来法に比べ、
防水装置により感染リスクが低下し、少人数でのケア管理も可能になります。
さらに言えば、重症野生動物の場合、治療が困難と判断されると安楽死という選択になることも少なくありません。
この技術があれば、その決定の前に試せる手段が一つ増えることになります。
最後に
獣医療の現場では、従来の方法では治療が難しいと判断されることがままあります。それは、適切な判断であることも有るかもしれません。
しかし、思いもよらぬ形で、3Dプリンターのような新しい技術によって首尾よい解決方法が提示されることがあります。
偉大な先人の肩に乗りその視座を継承しながらも、周囲にある新たな可能性の萌芽を見逃さずに過ごしていきたいものですね。
※細かい内容の確認の為には、元論文の確認を推奨します。
引用文献;Tsung-Fu Hung , Po-Jan Kuo,, Fung-Shi Tsai, Pin-Huan Yu, Yu-Shin Nai.
A Novel Application of 3D Printing Technology Facilitating Shell Wound Healing of Freshwater Turtle. Animals. 2022, 12(8)
