◎ミニブタの爪切り

背景

​ミニブタの蹄の管理不全は、単なる美容上の問題にとどまらず、重篤な運動器疾患、代謝性疾患、そして動物福祉の著しい低下を招く主要な要因となります。特に ​蹄の過長は、初期段階では歩行の違和感として現れますが、放置されれば骨格構造の不可逆的な変形、疼痛による活動性の低下、そして肥満という悪循環を形成します。屋内飼育が主流となる日本の住環境においては、自然摩耗が期待できないため、人為的な管理介入が必要となります。

蹄の解剖

​豚の足は解剖学的に4本の指で構成されています。これらは体重を支える主蹄と通常は接地しない副蹄に大別されます。 ​主蹄(第3指・第4指)は​豚の歩行と体重支持の要となる構造で、人間の中指と薬指に相当しています。​内側蹄と外側蹄は 前肢においては内側蹄が、後肢においては外側蹄がわずかに大きい傾向がありますが、この非対称性は個体や品種によって変動します。左右の蹄のサイズ差が著しい場合、重心の偏りや片側性の過重負担を示唆しており、病的なトリミングが必要となる場合があります。 ​主蹄は、末節骨、中節骨、基節骨という3つの指骨によって支持されており、これらの骨の整列が蹄の形状を決定します。​副蹄(第2指・第5指)は​肢の背側(後方)に位置する退化した指であり、人間の人差し指と小指に相当します。​平坦で硬い地面を歩行する際には接地しませんが、泥地や柔らかな土壌においては、足が沈み込むのを防ぎ、接地面を広げる役割を果たしています。しかし、現代の飼育環境(フローリングやコンクリート)ではこの機能が発揮される機会は皆無であり、摩耗が全く起きないため、主蹄以上に過長や変形のリスクが高いです。そして、蹄カプセルと呼ばれる角質組織が、内部の軟部組織と骨を保護する構造をとっています。

蹄の成長

蹄は生涯成長し続ける組織で、その成長速度は月間数mm程度ですが、様々な要因によって変動します。若齢個体ほど代謝が活発で成長が速いです。高タンパク質の食事は角質の生成を促進させます。運動による刺激が血流を促し、成長を早める一方、物理的な摩耗が追いつかなければ過長します。

過長蹄の弊害

蹄が過長すると、豚の歩行バイオメカニクスが根本から狂わされます。正常な蹄では、着地から蹴り出しへの移行がスムーズに行われる。しかし、つま先が過長すると、蹴り出しの支点が前方に移動する。これにより、指を曲げる深屈腱に過剰な張力がかかり、腱炎や腱鞘炎のリスクが増大します。本来、豚は指先で立つ指行性の動物ですが、蹄が伸びすぎてスキー板のような状態になると、つま先で体重を支えることが困難になり、重心が後方へ移動する。結果として、本来地面につかないはずの繋ぎや踵部分を地面につけて歩く蹠行に近い姿勢を強いられます。 この姿勢変化は、中手/中足指節関節の過伸展を引き起こし、関節包や靭帯を恒久的に伸ばしてしまいます。一度伸び切った靭帯は、蹄を切っても完全には戻らず、慢性的な関節炎の原因となります。  

過長した蹄自体にも、物理的ストレスによる病変が発生します。伸びすぎた蹄壁は、接地時の衝撃を吸収・分散できず、垂直方向や水平方向の亀裂が生じます。特に白線解離は深刻で、外側や内側に曲がりくねって伸びた蹄(巻き爪)は、隣接する指を圧迫したり、自身の肉球に突き刺さったりします。これは歩行時のバランスをさらに悪化させ、転倒リスクを高めます。蹄壁と蹄底の結合が剥がれ、その隙間に糞便や床材が詰まることで、嫌気性細菌の温床となります。これが進行すると、蹄内部で膿瘍を形成し、激痛を伴う化膿性蹄炎に至ります。  

局所的な足の問題は、全身の健康状態に悪影響を及ぼします。痛みで動けなくなると、消費カロリーが減少し、肥満が加速します。ミニブタは遺伝的に肥満になりやすい体質を持つため、この影響は顕著です。体重が増えれば足への負担はさらに増し、歩けなくなるという負のスパイラルに陥いります。  慢性的な疼痛は、豚の性格を変貌させます。以前は人懐っこかった豚が、触られるのを嫌がったり、攻撃的になったり、食欲不振に陥ったりする場合、その原因が足の痛みにあるケースは少なくないです。 最終的に、関節の変形と肥満、筋力の低下が重なると、豚は自力で立ち上がることができなくなります。大型のミニブタにおいて、一度起立不能になると、褥瘡や循環不全により、安楽死を選択せざるを得ない状況に追い込まれるリスクがあります。    

器具

蹄は非常に硬いため、マイクロブタや幼体てあれば、人間用や犬用の爪切りで十分です。しかし、生体になると、平ヤスリ・剪定バサミ、蹄用カッター牛・馬用)が適しています。​ヤスリは切った後の角を丸めるために使用します。​万が一、深爪した場合に備え、クイックストップなどの止血粉を用意しておきます。

保定と処置

ミニブタは足を触られることを非常に嫌がります。最大のポイントは無理強いしないことと保定です。​

保定

ひっくり返し保定

多くのミニブタは仰向けにされると大人しくなる特性があります。お腹を撫でてリラックスさせ、膝の上などで仰向けにします。​

立位での保定

仰向けを嫌がる場合は、壁に体を寄せさせ、反対側の足を上げる方法をとります。​

好物保定

ピーナッツバターを塗った皿や、好物の野菜を目の前に置き、食べている間に足だけを後ろに引いて処置する。軽微なヤスリがけには有効。

処置のコツ​

副蹄から爪切りを始めてください。主蹄に比べて感覚が鈍く、切りやすいため、導入として適しています。​ 数ミリ切るごとに断面を確認する。断面の中央に、周囲よりも白く湿った部分や、ピンク色の点が見えたら、そこが真皮(クイック)の先端である。それ以上切ると出血の恐れがあります。血管も爪の伸長に伴って伸びているため、長期間放置された爪は、数回に分けて(数週間おきに)少しずつ短くしていく必要があります。切りっぱなしの角は、自分の体を掻いた際に外傷を作ったり、絨毯に引っかかって爪が剥がれたりする原因になるため、最後はやすりで角をヤスリで丸めます。

爪切りの間隔

爪切りの間隔は個体のライフスタイルによって大きく異なります。幼体(〜1歳)ですと、1〜2ヵ月に1回が理想で、またこの時期に足を触られることに慣れさせるトレーニングとしての意味合いが強いです。成体(1歳〜)では3〜6ヶ月に1回、高齢豚になると運動量が減り、摩耗しなくなるため、過長スピードが相対的に早まりますので、2〜3ヵ月に1回程度になります。屋内飼育でカーペットや畳での生活がメインであると、摩耗がゼロに近いため、高頻度(毎月〜3ヵ月)のケアが必要になります。

予防

伸びてから切るのではなく、伸びないように維持するアプローチが推奨されます。屋外飼育あるいはコンクリートやアスファルトでの散歩が多いと、 硬い地面を歩くことで自然に蹄が削れ、半年に1回程度の調整で済むこともあります。 また、毎週1本だけヤスリをかけるというルーチンを作れば、一回の所要時間は数分で済み、豚へのストレスも最小限に抑えられ、常に完璧な蹄を維持できます。

この記事を書いた人

霍野 晋吉

霍野 晋吉

犬猫以外のペットドクター

1968年 茨城県生まれ、東京都在住、ふたご座、B型

犬猫以外のペットであるウサギやカメなどの専門獣医師。開業獣医師以外にも、獣医大学や動物看護士専門学校での非常勤講師、セミナーや講演、企業顧問、雑誌や書籍での執筆なども行っている。エキゾチックアニマルと呼ばれるペットの医学情報を発信し、これらの動物の福祉向上を願っている。

「ペットは犬や猫だけでなく、全ての動物がきちんとした診察を受けられるために、獣医学教育と動物病院の体制作りが必要である。人と動物が共生ができる幸せな社会を作りたい・・・」との信念で、日々奔走中。